Rough Buddy1(tnzn) - 1/3

煙草と酒の匂いが鼻につく。
悪意とはかりごとを企む音が耳を刺激する。
何度経験しても慣れることのないそれに、二人は顔をしかめた。
「予定時刻まであと少しですね。はぁ……すんなり事が運ぶといいんですけど」
腕時計に視線を落としてから、一人の青年が周りに聴こえるか甚だ疑問と言わんばかり小さな声で、ぼそりと呟く。
額には大きな痣、そして耳には花札のような大きな耳飾りを揺らし、赤みがかかった黒髪と黄昏のような瞳が目を引く彼は、カーキ色のラフな上着に、黒いシャツとジーンズという控えめかつ真面目すぎない出で立ちではあるが、その姿は全身かっちり着こなしているといった印象が先についた。
そんな彼の隣に立つのが、金髪に琥珀のような瞳を持ち、黄色と橙色が眩しく思えるだぼついたジャケットを羽織った姿が目に映える青年だ。目の下に心配や不安を抱かせるほど濃い隈を刻んだ彼はラフというよりは、ちゃらついた印象をも感じさせる。ざっくりと揃えた少し長めの前髪の下から、驚くほど鋭い視線を周辺に向けていた。
「ま、なんとかなるだろ」
あっけらかんとその言葉を口にしつつも、全身からは寸分の隙すら感じさせぬ緊張をまとう。
彼らの姿は、多くの人々が集う、パーティ会場のようなところにあった。とは言っても明るく煌びやかなところというよりは、西部劇にでも出てくるよう酒場と近しいもので、美しい場所とはお世辞にも言い難い。
雑然としていて、かつ悪意がどこからともなく鎌首をもたげてきているような、そんなねっとりとし嫌な気配が渦巻いていた。
「どう?」
声をかけたのは金髪の青年だ。黒髪の青年は、すんと鼻を鳴らすと一度その双眸を閉ざして何かを探るような、そんな様子を見せる。
「まだですね。でも近づいてきている感じはします」
感じ取ったことをはっきりと告げる彼の表情は真剣そのものだ。その言葉に金髪の方が静かに頷くと、すっとその場を離れていく。
彼らは二人してこの場の気配を全て把握しようとでも言わんばかりに、神経を研ぎ澄ませていた。しかしそれでいて、この場の中にあっても不自然はない。多くの、そして様々な人々が行き交うこの場所に、彼らはとても似つかわしいとも言えた。
一人の男が姿を表す。目に見えて〝ワル〟という表現が似合う、そんな男はにやりとどこか含みのある笑みとともに、この場にいつの間にか溶け込んでしまっていた。
そんな男が目配せをして、一人の客をこの場の外へ連れ出していく。客の方は、目立たないごく普通の平凡な人物だ。
連れ立って立ち去っていく二人を見て、金髪と黒髪の青年たちはちらりと視線を合わせた。それを合図にしたかのように、二人もまたこの場をあとにすべく歩き始める。
彼らの今いる店は入り口が半分地下に入り込んでいる作りになっていて、扉の向こうにはすぐ階段があった。先程から確認をしていた店を去る二人をちらりと窺えば、当然ながら階段を登り地上へ向かっている。
金髪の青年が先導し、扉を開いた。階段にはもう誰の姿もない。だが、地上から足音が響いた。二人は慎重に階段を登る。
店へ続く階段と地上を繋ぐ場所のすぐ横には、街頭の光も届かないような入り組んだ路地が広がっていた。路地の奥に気配がある。金髪の青年と黒髪の青年が気配のする方に視線を向けた。
かろうじて確認できる路地の奥には、先程の二人の男の姿があり、片方が平凡に見て取れる客に何かを渡している。なんとなく見える程度だが、それだけで十分だった。
「確保だ」
金髪の青年が、そう口にするが早いか二人は現場に向かい走る。目視できる程度の距離だ、大したものではない。すぐにその場へたどり着き、ワルといった風体の男の手に金髪がいち早く手刀を見舞った。その重い重い一撃は相手を怯ませるには充分すぎるもので、当然のように体のバランスがぐらりと揺らぐ。
「今の取引は押さえさせてもらった、現行犯で逮捕する!」
まだ抵抗を試みる手刀を見舞われた男を、時間を確認しつつ手早く拘束すると、次に受け取り側である平凡な客のことを捕らえる。抵抗を続ける拘束された男に比べて、客となるはずだった男の方は目の前で何が起こったかすら、把握できていない様子だった。
唸るサイレンの音が近づく。
事前に呼んでおいた、目の前の彼らを連行するためのものだ。車が到着するとそれからは特に騒がしくもなく、粛々と滞りなくことが運んでいく。
「お疲れ、竈門サン」
「お疲れ様です、我妻さん」
これと言って親しげでもない、必要最低限の挨拶にはうっすらとした笑みが添えられるのみだ。感慨深さもなければ大きな喜びも感じさせず、ただ安堵と少しの疲労が見えるばかり。
これはいつも通りの仕事、それ以上でも以下でもない。
他人からの評価とは決して関係なく、彼ら自身には取り立てて特別な話でもないからだ。だからこそ過剰な喜びを見せるでもないし、安堵が先に立つ。
そんな彼らに憧れを抱く者たちも、少なからず存在したがそれこそ二人からすると些末なことだった。
「終わった終わった〜!」
金髪の青年、我妻はせいせいしたと言った様子で、大きくひとつ伸びをする。隣にいるはずの竈門には言葉どころか視線も向けない。
竈門もまた晴れ晴れとした表情ではありつつも、我妻の方へと視線を向けることはなかった。
ここにひとつの非日常が終わりを告げた。