運命と呼ぶにふさわしい(45)

「幸せになってください」
 そんな言葉を向けられたのはまだ冬の寒い頃だった。
 ──別に。言われなくても幸せになるし。
 あの日、去っていく背中に負け惜しみにも似た言葉を向けたことは、環の記憶にまだ鮮明に残っている。
 そもそも、その言葉は環からするとなんでもない顔見知りからの言葉だった。学校の中をついて回って話しかけてくる生徒、それ以上でもそれ以下でもない認識を持つのみの人物だ。
 来る日も来る日も声をかけられ、視線を感じ、ストレスと苛立ちを覚えつつあった中で唐突にこの言葉をかけられた。
 そんな冬の日から時間は経ち、春の気配を感じ始める今。何かが変わるきっかけになるだろう、そんな出来事が環に訪れていた。
 スカウト、というやつだ。
 会えなくなって久しい妹を探す、という目的にこれ以上ない転機に環は反射的に飛びついた。
 これで全ては良い方に転がる。盲目的にそう信じて、指定された場所へと向かい歩いた。
 のだが、すっかり道がわからなくなってしまい環は立ち止まる。説明の通りに向かっていたつもりだったが、どうやら見当違いの道を行っていたらしい。
「うー……」
 思わず環の口からは悩ましい声が漏れる。
「あの……」
 見るからに困り通しの環に、おずおずとだが声をかけた人物がいた。恐らく、これまでに環が関わりを持ったこともないような彼の第一印象は〝良い奴〟だ。環の行先を確認し、同じ場所へ向かうからと案内をかってでてくれたからだった。
 決して多くない会話、当たり障りのない言葉たちは、目の前の相手の名前だけでなく人柄をほんの少し浮き上がらせる。
 恐らくは言うほど関わりを持たないのでないか、そんなふうに思ったものだった。

 はじまりの日の思考は、今にしてみれば的外れだ。実際、そんなに関わることもないだろうと思っていた人物──逢坂壮五とは一蓮托生とも言える間柄であり、大切な存在へと変わっている。
「そーちゃん、好きだよ」
 そんな言葉に笑顔と共に「僕もだよ」と返されるような間柄だ。
 多くのことがある、その始まりの瞬間はあまりにも懐かしい。と同時にあの日がなければ今はない、それももう随分昔の話だ。