輸攻墨守に合わす手を

 組織に所属する以上、指示を待つということはよく発生する。
 拓人と朋成にひなこ、そして玲於は例に漏れることなく上から追って指示をするとのみ命を下された、手持ち無沙汰な人間に他ならない。
「なぁ、ヒマ!」
 耐えきれずに口を開いたのは玲於だ。
「騒いでも何も変わんねぇぞ?」
 拓人の言葉に朋成も頷く。
「いつでも動けるようにして待つ、それも仕事のうちだ。玲於だってそれは分かってるだろう?」
 穏やかに諭す朋成の言葉を受けてなお、玲於は不機嫌に顔を染め上げて納得したという様子も見せやしない。
「なぁ、手合わせしてぇ」
 玲於の視線の先には拓人だ。彼ならば乗るのではないか、という玲於から見ると少しばかり確率の高さのある者を狙う、いわば強かさが滲む。
「お、やるか?」
 案の定、乗っかってくるような言葉を口にした拓人を肘で小突いたのは朋成だった。
「乗るな乗るな、待機で怪我でもしてたら面倒だぞ」
 朋成の言葉は年長者らしいもっともなものだったが、その声に表情を変えたのは一度も言葉を発していなかったひなこだ。
「怪我しなければ大丈夫……ってことだよね?」
 言葉の裏を突くような発言に、朋成は思わず苦笑する。つられて拓人も吹き出してしまった。
「だな、ひなこの言う通り。怪我しなきゃ手合わせするのは今後のためにもなんだろ?」
 明らかに変わってきた風向きに、玲於はにんまりと笑う。
 そして朋成はため息と共に肩を落とした。
「じゃ、決まりだな」
 玲於の言葉に拓人が不敵な笑みで答えた。その様子に割り入って来たのはひなこだ。
「ねぇ、私もやる!」
 そう言ってひなこは玲於の隣に立つ。
 それに慌てるの拓人だ。
「え、ひなこもやんの?」
「やる」
 確固たる意志を持って応えてくるひなこに対して、拓人は困り果てた様子で頭を掻いた。
「ええと……」
「たーくん、いつも本気で手合わせしてくれないでしょ。今日こそちゃんとしてもらうんだから」
 ひなこは戦う構えを見せながら、拓人を真っ直ぐに見つめる。それを受けて拓人はたじろぐ格好だ。
「けど、そっちにつくなら二対一になるだろ……? ずるくね?」
 やっとの思いで言葉を返した拓人だが、すっかり先ほどまでの不敵さや覇気はない。
「仕方がない、やるなら二対二だ」
 そう言って一歩前に進んで拓人の隣に並んだのは朋成だった。
「フェアにやって負かす!」
「頑張ろうね、れおれお」
 気合いの入った様子の玲於と、同じくのひなこが構えの格好で拓人と朋成の方を見る。
 そして視線を向けられた二人は、それぞれがひとつ頷いて見せた。
「うっし、やるか」
「まだまだ負けてられないからな」
 ここに戦闘訓練が幕を開ける。
 
「れおれおがたーくんと、私が朋さんと、になりそうだね」
 普段から携行している拳銃と同タイプのものを手に取り、装填されているものが訓練用のゴム弾であることを確認しながらひなこは口を開いた。
「そうなるようにした方が訓練としてもいいだろ」
「だね」
 玲於は一見冷静そうに言葉を紡いでこそいるが、これから始まる訓練への期待感が大きくそこはかとなく声が弾む。
 手元には殺傷能力のないナイフ型の道具。その握り心地と重さを確かめるように、玲於は何度か振った。その動作にはどこか落ち着きのなさがある。
 ひなこの方も普段通りと言い切れぬ隠しきれない高揚感が、少なからず声に滲んでいた。
 二人していつでも動けるようにと準備を整えながら、始まる瞬間をいまかいまかと待ち望む。
 反して、少し離れたところで準備を整える拓人は複雑そうな面持ちだった。
「……そんな顔で行ったら二人に怒られるぞ」
 朋成の声に拓人は「まぁな〜」と少しばかり緊張感に欠ける声を発する。
 拓人は取り立てて戦闘に否定的な方ではない。寧ろ、玲於との訓練については望むところであると歓迎するところがあった。
 ネックは、ひなこだ。
 玲於から頻繁に過保護と称される二人としては、ひなこを訓練とはいえ相手取る時にどうしたら良いものかと判断をしあぐねる節がある。
 彼女の実力を評価していないわけでは決してない。仲間としても信頼できる、頼れる存在だという認識ももちろんある。
 だが、これまでの〝過保護〟な状態は、拓人の踏ん切りを微妙につけさせない塩梅で存在していた。
 言ったところで朋成はそれなりにやってのけるだろう。拓人としてはそこが口惜しいところではあるのだが。
 それでもひなこからは、おそらく言及されるだろう。
 本気だった──? と。
「……やるからには、ちゃんとやらねぇと」
「ああ、訓練にもならないからな」
 その言葉で〝過保護〟を一旦、横に置いた。
 
「反撃不可の状態に陥った側が負け、ってことでいいな?」
「もちろんだよ!」
「仕留める」
「物騒だな、お手柔らかに頼むよ」
 いつもと大差ない軽口の応酬でありながら、普段では決してないぴりりとした緊張感が辺りを満たしている。
 彼らが立つのは施設の一角、組織に所属する者の利用を前提とされた訓練設備だ。建物の外、施設と隣接する形で整えられており実際のものと遜色ない訓練用の武器も完備されている。
 当然ながら訓練の実施場所として設けられているスペースも、実践を想定した理に適った場所となっていた。
「んじゃ、やるぞ?」
 拓人が飄々と、しかし自身にも周りにも気合を入れるように声を張り、端末のタイマーを起動させてから小走りで配置につく。
 もちろん拓人が前衛、朋成が後衛だ。ゴム材でコーティングされた木刀を拓人が携え、朋成の方は普段使っているものと同タイプのショットガンを手にしている。
 対するのは玲於とひなこ、こちらも前衛と後衛に明確に分かれていた。玲於が前衛に、ひなこが後衛に立つ形だ。玲於の手にはゴム材でコーティングされた木製ナイフが、ひなこの手には普段と変わりない拳銃が握られている。
 カウントダウンをすすめる電子音が無機質に響く中、全員がその場で訓練の開始を待った。
 そこにはもう無駄な言葉は一つもなく、研ぎ澄まされた空気が場を満たす。
 カウントダウンをすすめていた音が、一際高い音へと変わり、開始の時をついに告げた。
 めいめいが一斉に動き出す。派手にぶつかり合ったのは、やはり前衛の拓人と玲於だった。
 刀とナイフは鈍い音を鳴らす。玲於が重心を落とし走り込みながら打ち据えた一撃を、拓人がゴム張りの木刀で防いだ音だった。
「チッ……けど、これで取れるなんて、ありえないよな!」
 言葉を吐いて笑ったのは玲於だ。
「当たり前だろ、なめんなよ」
 応じる拓人の顔にも笑みが浮かぶ。ナイフを受け止めた刀を握る手にさらに力を込め、押し戻すようにして振るった。
 しかし、その前に玲於の身体は後方へと飛ぶ。
 拓人と玲於、二人の間には手を伸ばし得物を振るえば届くほどの距離しかない。そこで二人は真っ直ぐに視線を交わし合う。
 彼らの瞳に浮かぶのは好戦の色、それのみだった。
 玲於はただただ拓人へと全身全霊向かっていく。その全力をただぶつけていた。対する拓人は当然ながら玲於に対して全力を傾けながらも、それだけではない。
 視線がちらり、他所へ向く。何かを確認しているかのように。
 一方の後衛たちは、自然の地形を生かした障害物のある場所へと移っていた。
 ひなこは自身の予想した通りの展開であることに納得をしながら、肉眼では捉えることのかなわない朋成の気配を探る。
 木の葉が揺れ、かさと小さく音が鳴った。そちらに牽制するように銃身を向けるが、ひなこの感覚が告げる。
 そこに、朋成はいないと。
 伸ばした投身を身体を捻りながら右手にずらして、ひなこは躊躇することなく引き金を引いた。
 実弾よりも幾分軽い音と共に発射されたゴム弾が、まっすぐに銃身の先へ飛んでいく。着弾するはずの場所で葉が大きく揺れ、何かが──否、何者かが素早く動いた。
「さすがだな。ひなこ」
 その声の主は当然ながら朋成だ。
「騙されないよ、朋さん」
 落ち着きを払ってひなこは言葉を返す。
 その言葉に朋成は苦笑を浮かべて応えた。
「だろうな」
 ショットガンという武器は射程を詰めることにより、さらにダメージを与えることが出来る。飛び道具の中では前衛的なものだ。
 しかし、ひなこは根本的に備わっている能力として、端的に評するところの索敵能力に優れている。
 つまり近づけば近づくほど、彼女から気づかれやすく朋成としては不利な点が先につくという状況だった。
 だからと言って、手をこまねいているだけではいられない。戦闘訓練で手も足も出ないならば、実戦では使い物にならないということだ。
 そんなところに甘んじるつもりなど朋成としては全くもってない。
 チームの中で一番の年長者であり、経験も一番積んでいる。その自負と経験値は活かしてこそ価値となる。
「せいぜいしっかり訓練させてもらうか」
 そんな言葉を吐きながらちらりと周囲を確認しながら朋成は、その場から駆け出した。
 駆ける先、真っ直ぐに見据えているのはもちろん、ひなこの姿だ。
 傍目には捨て身の作戦とも思える。
 しかしひなこは知っている、昔ならいざ知らず今の朋成は身を捨てるような作戦をとらない。例え、ただの訓練であっても。
 だが実際に朋成がひなこの方へ向かってきている以上、対処の手を捨てるわけにもいかない。
 訓練用の銃、その銃口を朋成の方へと向ける。引き金を引き牽制するべきか、様子を見るべきか、その選択を逡巡してしまった。
 瞬間、耳に届いたのは草葉を踏む二つの足音。
 どん、と重い音と共にひなこの視界に飛び込んできたのは拓人だった。
 次いで玲於が拓人を追って駆け込んでくる。「いいタイミングだったぞ、拓人」
「だろ」
 ぎりぎりのところで足を止めた朋成の隣に拓人が並んで笑った。
「急に方向転換したと思ったら……!」
 玲於は口惜しそうに拓人を睨みつける。
 拓人は朋成の行動と狙いを予測した上で動き、それを玲於は読み切ることが出来なかった。そのことは玲於にとって不覚以外の何者でもない。
 玲於は露骨な舌打ちをしながら、相変わらず拓人をそして朋成のことを睨みつけた。
「やられちゃったね、れおれお」
「やられてない!」
 おくれをとったことを認識しているからこそ必死に張り合う玲於に、ひなこは小さく微笑む。
「大丈夫、私たち負けてないよ」
「当たり前だろ」
 ひなこの言葉の通り、戦況は五分のまま変わりない。状況は変化したが、どちらにとっても決定打はないままだ。
 ひなこもそして玲於も構え直してから、拓人と朋成の方へ向く。戦意に満ちた、まだまだこれからだという視線に、拓人が嬉しそうに笑った。
「そう来なくちゃな」
 拓人が構えを整え、拓人も得物を手に身構える。
 だがこの状況で入り乱れての戦いは得策ではない。それは拓人、朋成、玲於、ひなこの全員に言えることだ。理由こそ異なるが意図するところとしては、少数戦が良いだろうというのは互いに思うところだった。
 全員が全員に対して一度、様子を窺うような格好になる。その一瞬の間の後に動き出したのは玲於、そして朋成だった。
「オレ、あんたともやり合いたかったんだ」
「そいつは光栄だな」
 四人揃った場所から駆け出し、どんどんと草木の生い茂る奥へと分け入って二人の姿は見えなくなる。
 その場に残される形になった拓人とひなこは、少し笑い合ってからそれぞれの得物を構えた。
「ちゃんと本気で手合わせしてね? たーくん」
「……さすがにここまで来てちゃんとしない、はねぇよ」
「ふふ、よかった」
 満足そうにほんの少し微笑むひなこだが、すぐにその表情は真剣なものへと立ち戻る。
 開戦の合図の代わりに拓人が大ぶりに一度、刀を振るった。
 ぶん、と鈍くて木製ゆえ少々軽さも帯びた音が響いた。
 その音と共にひなこは拓人を視界に収めたまま後方へと飛ぶ。それは得物として拳銃を選ぶ人間には当然の動作と言えた。
 しかしそれは、拓人とて承知している。
 拓人はひなこに距離を開けられることを避けるべく、彼女にぴったりとついて前進した。
 ひなこはその拓人の行動に一度は目を丸くするが、すぐに体勢を変えて牽制の意味での蹴りを放つ。
 近接戦闘の方にも心得のあるひなこならではのスタイルに、さすがの拓人も回避行動を取るしかない。
「……っ!」
 方向転換を行うことで、ひなこの蹴りを回避した拓人だったが、この行動で二人の距離は少し開くこととなる。
 つまり、刀を使う間合いではなく拳銃を使う間合いであるということだ。拓人は回避行動を取ることで、最初に避けようとした状況を己で作り出してしまったということになる。
 しかし拓人は、不敵に笑った。
 その表情に普段、ひなこと手合わせをする話が話題に上がってきた時に見せるような躊躇は微塵もない。朋成や玲於と手合わせをするという話題で言葉を交わすときの、期待感や好戦的な面が見受けられるものだった。
 拓人のそんな様子に、ひなこは再び笑みをこぼしてから訓練用の銃を構える。そのまま少しずつ後退を重ね、距離を広げて行った。
 ひなこの構えに拓人は動かない。刀を構えるのみで回避と防御に専念しているという印象だった。
 だが、それが、どうにも先の不適な笑みとは結びつかない。ひなことしては、この点が懸念の材料だった。
 一旦、姿を隠して戦法を検討することも考えたが、この懸念が互いの姿が見えなくなる状況になることに一抹の不安を覚えさせる。
 だからこそ、曖昧に数歩ずつ後退して距離を取ることしかできずにいるのだ。
 しかしながら、その行動が命取りだった。
 近接戦闘における重要な要素の一つとして、いかに相手との間合いを自身に有利な状況のもとに詰めるかというものがある。
 姿が見えないもの、視認できないものを相手取るよりも、視界に相手を捉えた状況の方が、たとえ位置関係が間合の外であろうとも有利に状況をひっくり返すことができる場合があるのだ。
 そして拓人は確かな実力を持ち、所属しているこの組織の第一線で活躍し続けてきた。刀を用いた近接戦闘の経験豊富なエキスパートであり、それはチームの面々からはもちろん組織の面々からも承知されているところだ。
 だからこそ、ひなこはここで躊躇をしてはいけなかった。
 一瞬の迷いが、命取りになる。
 それは戦いの場における、何よりも意識しておかなければならないことだ。その意識が少し甘くなった瞬間に、勝負は決してしまう。
 拓人が足に力を込め、大きな一歩を踏み出した。ぐんと大きく、伸びるように拓人の身体が前進し、一気にひなことの間合いを詰める。
「……!」
 さらに後退しようとするひなこの目前には、拓人の振るう木刀の先が迫っていた。刀はひなこの手元を的確に狙い撃ち、彼女の手から銃を引き剥がす。
 この間合いで拳銃を取りに行くという行動は、それこそ自殺行為だ。
 ひなこは一度、息を呑んでから体術の構えを取る。
 だが、その構えの隙を縫うようにして木刀の切先はひなこの首筋すぐ横でぴたりと止まった。
「こっちは勝負あり、だな」
 拓人が満足そうに笑う。
「あー、負けちゃった……」
 この状況はひなことしても降参せざるを得ない。両手をあげて降参のポーズをとりながら、ひなこは苦笑を浮かべた。
「やっぱり一度立て直した方が良かったかなぁ」
「こっちとしては、距離を一気に取られた方がきついなって思ってたからな。助かったよ」
 拓人の言葉に、ひなこはほんの少し頬を膨らませて拗ねた表情を作ってから息を一つ吐く。
 遠くの草木が揺れる音がする、二人はそちらへ視線を向けた。何も見えないその先の勝敗状況を、思考しながら。
 拓人とひなこが戦闘を繰り広げた場所から、朋成と玲於はかなり離れた場所にいた。
 あの場所から二人は駆けて離脱をしていったわけだが、一定の間合いを保ったまましばらく走る。そしてやはり一定の間合いを保ったままに向かい合っていた。
「お前、考えてないようでいてきちんと考えてるよな」
「それ、褒めてんのかよ」
「褒めてるよ」
 ショットガンを構えたまま、朋成は笑う。向けられた言葉を受けて、玲於はどこか冷ややかに笑った。
 ナイフは刃物としては攻撃の間合いが狭い。どうしても近くに寄っていかなければならない武器だ。玲於の普段から使っているものは大型のものではあるのだが、とは言ったところで所詮ナイフはナイフである。朋成のショットガンはもちろん、拓人の日本刀に対しても間合いについては圧倒的に劣るものだ。
 それは現状の距離において、ショットガンは有効な攻撃射程でありナイフはそうではないということでもある。
 だからと言って玲於の表情には不安も焦りも何もない。強いて言えば、この戦闘を楽しんでいるといったところだろうか。普段から好戦的な節はあるが、根っからということらしい。
 朋成は玲於の様子を確認しながら、思う。
 こうして戦うことができるようになるまで、どれだけ苦労したのだろうかと。玲於がどういう状況にあって今に至ったかということを、ざっくりとではあるが朋成は知っている。だからこそ、その苦労を想像するには十分過ぎた。
 とはいっても、この訓練の手を抜くよなことは一切ない。玲於としても、そういう行動は望まないどころか怒りをぶつけてくることだろう。
 純粋に相手にとって失礼だということもあるが、なんにせよ朋成は拓人と話をしていた通りにやるからには全力で、と玲於に向き合っていた。
 間合いだけで言えば朋成の側が現状は有利だ。ナイフを使う玲於にとっては、もう数歩は間を詰めなければ切先は朋成まで届かない。
 しかし玲於はその小柄な体躯から爆発的な瞬発力で間合いを詰める。そこは警戒をしなければならないところだった。
 玲於の側から見ても、やはり問題点は間合いである。無策で真っ直ぐ飛び込めば、あっという間に蜂の巣なのは火を見るよりも明らかだ。
 そうならないために、どのように対処をするべきかというのが玲於の思考のほとんどを占めている。
「来ないのか?」
 思考をフル回転させている玲於に対し、朋成はあえて挑発するように問いかけた。
 その声に玲於はじとりとした視線を向けて、重心を落とす。次の瞬間に彼は走り出していた。
 ばねのような動きで素早く動き出した玲於の向かう先は、朋成のいる方へまっしぐら──ではない。撹乱を狙うかのように横の方向へ動き、照準が定められないようにあえて派手に木の枝や草葉を揺らす。
 一発でも弾を減らすことができるならばと薄っすらながら期待をしたところがあったが、朋成は引き金を引く気配もない。
 足を止めることこそないが、玲於は小さく舌打ちを落とした。だがそれで行動に支障があるというわけではもちろんない。
 玲於は朋成の背後へと回り込むと、地面を踏み締め方向を転換する。今度こそ、向かう先は真っ直ぐ朋成の立つ場所だ。
 朋成は玲於の撹乱動作の中にあっても、冷静に場所を移動しながら様子を窺い続けていた。だからこそ、玲於の気配を背後に感じた際にも焦りなどは全くない。
 これまむしろ、予測の範囲内の動作でもあった。
 直進しようとしている気配を感じ取った次の瞬間に、朋成は足を止めてひらりと身体を反転させる。もちろんその手にはショットガンがあり、銃口は真っ直ぐ玲於に照準を定めていた。
 間髪いれずに朋成が引き金を引く。至近距離での射撃、回避などする余裕があるわけがない。
 勝負は決したと思われた。
 だが、玲於は咄嗟にナイフを前に突き出す。刃の広い部分を朋成の方へ晒して、切先は完全に左に向いていた。
 小さく鈍い音が鳴る。
 玲於はナイフの刃で射撃を凌いだのだ。
「やるな。だが……」
 前進の動きを止めきれない玲於の額に、ぴたりと銃口が当てられる。
「これで、もう降参だろ」
 再び笑う朋成に対して、目を見開いた後に玲於は悔しそうに地団駄を踏んだ。
「負けたー! くっそー!」
「けど、撹乱の動きにしても最後の回避もなかなか良かったと思うぞ」
「……最後のはちゃんと避けた方が良かった」
 悔しそうに、しかしぼそりと玲於が吐き出した言葉は存外冷静だった。
「わかってるなら、それこそ上々だ」
 朋成がくしゃりと玲於の頭を撫でると、彼はふんと鼻を鳴らすだけで抵抗の一つもしない。
 そこへ拓人とひなこがやってくる。
 不機嫌を絵に描いたような表情で立っている玲於に、二人して吹き出してしまった。
「オレらの勝ちみたいだな、れおれお」
「次組んだら、次は勝とうね! れおれお」
「成長してるぞ、れおれお」
 いつもと変わらずちょっかいをかけてくる先輩たちに、玲於はやはり露骨な不機嫌顔を返す。
 普段と変わらない和気藹々とした様子があり、ここに戦闘訓練は幕を下ろした。