竈門炭治郎に捧ぐ(kmbk)

 誰かを想い、誰かのことを祝えるということは幸せなことだ。そんな相手がいて、その相手がそれを受け入れてくれるということが、当たり前に成立しているのだから。
 それすらも許されなかった善逸からしてみれば、そのありがたみは身に染みすぎるほどに痛感していることだった。
 だからこそ、硬く決意したのだ。
 ――最高の、誕生日にしてやろう。

 
 
 決意したのは良いのだが、いかんせん炭治郎が何をすれば喜ぶのか――それも、いっとう喜ぶのか、だ――それが全く思い浮かばなかった。
 正直なところ、善逸は育手である慈悟郎にささやかながら生まれたと目される日に祝ってもらったくらいしか、誕生日を祝うということに経験がない。
 同年代の友人は今まで特にいなかったこともあり、こういった近しい人間に対してどのようにしたら良いのかということが、圧倒的に経験値が不足していた。
「おい、伊之助!」
 音を抜きにしても、明らかに誰が来たのかということが分かる、そんな音の主を善逸は呼び止める。ぶん、と音がするほどに大袈裟な動きで振り返った伊之助は、鋭い視線で善逸を見遣った。
「うるせぇぞ、紋逸」
「いや、お前に言われたくねぇわ! てか、待て待て待て!」
 不服そうな声をあげながら立ち去ろうとする伊之助を、善逸は大慌てで引き止める。伊之助はやはり不服そうに、しかし善逸の声に足を止めた。
「あんだよ?」
 見るからに面倒臭いという様子を見せながらも、きちんと受け答えをするあたり伊之助も丸くなったなと善逸は心底思う。そんなことを考えながら善逸は一度居住まいを整えると、ゆっくりと口を開いた。
「お前さ、知ってる?」
「何をだよ」
「もうすぐ炭治郎の誕生日なんだよ」
「それ、他の奴らも言ってたな」
 どうやら年に一度、生まれた日を祝うということがあるらしい。善逸もそれを聞いたのは、蝶屋敷の面々からだった。
 きっと伊之助も同様だったのだろう。何かを思い出そうとするように顔をしかめながら、善逸の言葉に応じた。
「あいつらがいわう、って言ってた。おい、いわうってどうすりゃ良いんだ!」
「そんなもん、決まってるだろ」
 前のめりに尋ねてくる伊之助へ、答えを述べようとした善逸の口がぴたりと止まる。彼の脳裏には、いましがたまでぼんやりと考えていた自分の経験値のなさが浮かび上がっていた。
「……これから考えるんだよ!」
 善逸の勢いのある、しかし内容のない答えに伊之助は見るからに渋い顔をしたが、思うのところもあるらしく反発はしない。
 一人より二人、である。
 とは言っても、こんなに誰かのために頭を悩ますこともほぼほぼ初めてのことであり、善逸からすると初めてのことばかりが続いている。正しく大混乱という様子ではあるが、その表情は明るいものだ。
 善逸は明るくも、困った様子で縁側から空を見上げる。見上げた空はどこまでも明るく、きっと今日は梅雨の晴れ間の快晴だろうとうかがわせた。
 
 二人は、まずその習慣を彼らに提示した人物へと話を聞くことから始めることにする。
「俺はキヨちゃん、スミちゃん、ナホちゃんから話を聞いたけど、お前はどうよ」
「アオコだな!」
「……アオイちゃん、な。分かった。じゃあ、まずその四人か」
 目的を定めた二人は、屋敷の廊下を歩く。彼女たちはいつも忙しく動き回っている、それを思うとつい二人の足も早足になっていた。
 キヨ、スミ、ナホはそう歩きもしないうちに遭遇することになる。洗濯物を三人で整えているところに出会したのだ。
「おい、お前ら!」
「あっ、伊之助さんに善逸さん。どうかされたんですか?」
「仕事してるのにごめんねぇ。ちょっと聞きたいことがあって」
「なんでしょう?」
 不躾に声をかけた伊之助に嫌な顔ひとつすることなく、三人はいつもと変わらぬ快活な笑顔を二人へ向けた。
「前さ、俺に教えてくれたじゃない。一年に一度誕生日を祝うって話。あれって、具体的にはどんなことをするか知ってる?」
 問いかけられた言葉に、三人は揃って同様に首を傾げる。
「お祝い、ということですからご馳走を用意したりするのではないでしょうか?」
「うーん……なるほどなぁ」
「飯か! なら、衣のついたあれだな!」
「それはお前が好きな食べ物だろ。あと、それ天ぷらな! いい加減覚えろよ」
 性懲りもなく名称を覚えようとしない伊之助に、善逸はきっちりと訂正を加えつつも頭を回転させる。
「炭治郎って、どんな食べ物が好きだっけ」
 善逸の言葉にキヨ、スミ、ナホは再び首を傾げた。だが伊之助はご機嫌な様子で鼻を鳴らし――今は猪頭をかぶっているから表情はわからないが、この下の素顔はきっと得意げだろう――ふふんと笑う。
「なんだよ……」
「権八郎の好きな食い物なら、知ってるぜ」
「えっ、そうなの?」
「梅昆布の握り飯だ」
 その場の空気が止まった気がした。
「嘘じゃねえぞ!」
「うん、だろうけど……炭治郎らしいと言えばそうなんだけど、ご馳走ってちょっと言いにくい」
 握り飯は贅沢な食事ではあるが、見栄え的な華やご馳走と評する様相とは、どうしても異なってしまう。
 誰も悪くない、そんなこの場の形容し難い雰囲気に善逸はたまらずため息をついた。
 
 キヨ、スミ、ナホの三人と別れて、次に向かうはアオイのもとだ。しかし、今度はそう簡単には行かない。全てがうまくいくわけではなかった。
「おい。あいつどこにいるんだよ」
「俺に聞くなよぉ」
 苛立ちを募らせる伊之助に対し、善逸は情けない様子で涙ぐむ。そんな善逸を振り返ることもなく、伊之助はずんずんと大股で廊下を進んでいってしまった。
 置いてきぼりをくらってしまった善逸は、待てよぉとやはり情けない声を出しながら、先へ先へと迷いもなく進んでいく伊之助を追いかける。
 そうしてやってきたのは炊事場だった。
 あたりには食欲をそそるいい香りが立ち込め、その中心に探し人であるアオイの姿がある。
「おい、ちょっと聞かせろ」
「なんですか、急に」
「あっ、ごめんねぇアオイちゃん」
「いえ、構いませんが。それで、なんでしょう?」
 先の三人と比べると、口調がきっぱりとしている分、厳しさに似たものも感じるがそれでも滲み出る、少し不器用な優しさに善逸はほっとした。
「お前が前に言ってた、たんじょうびって奴のこと教えろ」
「たん、じょう……ああ、年に一度生まれた日にお祝いをするという習慣がある、というものですね」
「うん、それそれ。どういうものなのか、って知らない?」
 伊之助と善逸の言葉を受けて、アオイもまた首を傾げてしまう。
「お祝いですから、何か贈り物をしたりとか……ではないですか?」
 彼女にしては自信なげなその物言いから、どうやらアオイもこの話題についての知識が深いということでは無さそうだった。
「すみません、大してお役に立てず」
 すぐにアオイの口から謝罪の言葉がついて出る。表情も見るからに申し訳なげで、見ている方が別の意味で申し訳なく感じてくるようなものだ。
「いやいや、俺たちこそ突然変なこと聞きにきてごめんねぇ」
 善逸はひらひらと手を振って、笑ってみせる。気にしないで、という彼なりの態度だった。伊之助の方はまだ何か言いたげではあったが、そんな彼を連れて善逸は炊事場を後にする。
「何すんだよ」
「お前こそ、何言おうとしてんだよ」
 廊下を少し進んだ先で、二人は一触即発だった。
「あらあら、こんなところで喧嘩ですか?」
 唐突にしのぶの姿がふわりと、二人の前に現れる。神出鬼没、そんな言葉がぴたりと来るようなつかみどころのない彼女の姿に、善逸は息をのみ伊之助もまた呆気にとられた。
「べつに……」
「そうですよ、別に……」
「あら、ここは息ぴったり。二人とも仲良しさんですね」
 場をなごますためなのか、それとも天然のなせる技なのか、しのぶの言葉は彼ら二人の毒気を抜く。
「そうだ、しのぶさんは誕生日の祝い方って知ってます?」
「誕生日、あぁ。この間、あの子たちが話していましたね」
 善逸は思い切って尋ねてみたが、どうやらしのぶの返してきた言葉からするとどうやら望み薄らしいことを一瞬で悟り、内心は愕然としてしまった。
「要は、相手がこの一年を生きてきたことと、これから一年の多幸を祈る、ということなのではないでしょうか」
 しのぶの続けた言葉に、伊之助はすっかり理解が追いつかなくなってしまっている様子だったが、善逸の方は漠然とではあるが心の中で理解が深まっていくことを感じる。
 伊之助の様子を見つめながら、しのぶはふわりと柔らかな笑みを浮かべ、さらに言葉を重ねた。
「つまりは、二人が炭治郎くんにしてあげたいと思うことをやってみたらいいということです」
 ようやっと理解に至った伊之助が、その喜びにおお、と声を上げて喜ぶ。
「ありがとうございます、しのぶさん」
「いえいえ、お役に立てたならよかったです」
 立ち去っていくしのぶのことを見送りながら、善逸と伊之助はお互いを見合って力強くうなずいた。
 
 
 
「善逸?」
 日が高くなりつつなって少なからず、そんな頃合いに炭治郎の姿はとある部屋の前にある。炭治郎は唐突に昨晩、善逸に唐突に誘いの言葉をかけられたのだ。
 すっと静かに開かれた引き戸の奥には、善逸の姿がある。どこか緊張した面持ちの善逸は、まっすぐ炭治郎を見つめた。
「善逸。どうしたんだ?」
「炭治郎、今日さ、誕生日だろ?」
「え……覚えていてくれたのか」
 善逸の言葉に、炭治郎は拍子抜けした様子で、素っ頓狂な声を上げる。
「当たり前だろ、俺はお前らの親分だぞ」
「伊之助も……」
「覚えてないわけないって」
 いつになく穏やかに笑う善逸と、その隣に立つ伊之助は胸を張り、真っ直ぐに炭治郎を見つめた。
「俺たち色々考えたんだけどさ、みんなで飯食いに行かね?」
 それは、二人で考えた炭治郎への贈り物だ。面倒見のいい――良すぎる――炭治郎に心置きない食事を共にしたいというのが二人の結論だった。
「みんなで食べた方がうまいんだろ」
「それは俺が言ったことだろぉ!」
「二人とも」
 いつもの言葉の応酬がはじまりそうになるところを、炭治郎の声が遮る。善逸も伊之助もその動きを止めて、炭治郎の方へと向き直る。
「ありがとう、嬉しいよ」
 炭治郎の喜びをいかんなく発揮した様子に、二人は満足げに破顔した。
 屋敷を出るべく歩き出した三人の足取りは軽やかだ。どこにいくのか、衣のやつを食べたい、却下、と会話の声も弾む。
 そこには年相応な、あどけなさの残る少年たちの、どこにでもある平和な日常があった。