空は青く雲ひとつない快晴、暑くもなく寒くもないそんなティル・ナ・ノーグのうららかな環境を全身で感じながら、スレイは一人小高い丘の草むらに寝そべっていた。
スレイの瞳に映るものは、今この世界におとずれている危機など感じさせない。そんな仮初の平和の只中にあって、スレイの表情は重く曇ったものだった。
(この世界ではオレ、導師の役目を果たせないんだな……)
わかっていたことだ。イクスたちと出会い、彼らの話を聞いた時から。
ここはグリンウッドではない、ティル・ナ・ノーグと称される世界なのだ。グリンウッドには今でもスレイ自身が導師として旅をしていて、今ここにいる自分はその写し身のようなものだと言う話だったが、内容は理解していてもどうにも変な気分だった。
寝そべったまま、ぼんやり物思いにふけっているとスレイの視界にひょこりと現れて、今まで目に映っていた空を遮ったのはミクリオだ。スレイの横に座り上から覗き込んでくる姿は、いつもと違って見えて新鮮な気持ちを抱かずにはいられない。
「どうかした? ミクリオ」
「君こそどうかしたのか?」
質問返しが飛んでくるとは思いもしなかったスレイは、言葉を返そうとして口を開いたが声を発することが出来ずに開けた口をパクパクとするばかりだ。そのうち、理不尽な状況に口を尖らせてしまう。
「で、何か用?」
「拗ねるなよ、スレイ。君が悩んでるように見えたから、様子を見に来たんだよ」
スレイは内心では一言多いと思いながらもさすがはミクリオ、的確にスレイの状況を本人よりも見抜いていることに感服するばかりだ。
「それで。どうかしたのかい? スレイ」
「ん〜……オレ、今は導師じゃないのかなって思ってさ」
視線をミクリオから外して青空の方へと向け直しつつ深刻な悩みと言うよりは、ぼやきといった様子でスレイは問いかけに答える。ミクリオはその言葉に合点がいったという表情を浮かべつつ、スレイの表情を注視していた。スレイのそれは、深刻そうでもなければ辛そうでもない。逆に無表情過ぎて違和感を覚えるほどのものだ。
「考えすぎるのは良くないと思うよ」
スレイの様子を相変わらず注視したまま、ミクリオは言葉を発する。
「君が君であることには変わりないだろ? 僕たちが出来ることをやるしかない」
「まぁな」
「それにここはここで、退屈しない」
「確かに」
二人はころころと笑いあって、そのままスレイはゆっくり身体を起こすと
「ここでオレが出来ること、みつけないとな」
そう自分に言い聞かせるように呟いた。
「行こう、ミクリオ。みんなが待ってる」
「ああ。そろそろコーキスから剣の稽古をせがまれる頃だろうな」
「うん、楽しみだなぁ!」
いろんな場所でがむしゃらに鍛錬するコーキスに、稽古をしたり一緒に訓練したりとスレイはよく面倒をみている。グリンウッドでは、こんなことはなかった。それはスレイにとって新しい楽しみになっているようで、ミクリオもその様子を微笑ましく見つめているのだ。
(あれから本当の僕らがどうしていくのか、戦った先にたどり着く結果はどんなものなのか……僕だって気にならないわけじゃない。けど、どう頑張っても知ることの出来ないものはどうしようもない……)
スレイの姿を目で追いながら、ミクリオは思考を重ねて思い至る。それこそ自分がスレイに伝えた言葉の通り、考えすぎるのは良くないと。
(全く、君も僕もこんな時はよく似ているね)
思わず苦笑を浮かべたミクリオにスレイが顔を近づけてくる。
「ミクリオこそ、どうかした? 考えすぎ、なんじゃない?」
見透かされてしまったようでなんとも複雑な思いを抱きながら、ミクリオはお互い様だよと言ってそっぽを向くと、そのままずんずんスレイのことを置いて歩きはじめた。
後ろから、ミクリオを呼ぶ声と足音が追いかけてくる。足はとめずにスレイの方を振り返ると、ミクリオは笑顔を浮かべ
「ほら、早く行くよ」
と言ってすぐに前を向く。
違う世界でも二人変わらずいられることに感謝をささげ、真っ直ぐ歩みをすすめるミクリオはもう晴れ晴れとした表情だ。そして、スレイもまたすっかり晴れ晴れとした表情でティル・ナ・ノーグの大地を踏みしめていた。
