寮に仲間たちが集まっているときの空気が環は好きだ。
それもあって普段、なんとなく理由もないままに共同スペースであるリビングにゲームをしながら居座ってしまったりする。
今日も今日とてそれだ。
だが、今日はいつもと比べて周りの雰囲気はどこか慌ただしい。うわついているような、落ち着かないような、そこはかとなく浮足だった空気感に環は首を傾げた。
──そういえば、明日は俺の誕生日か。
ふと、そんなことを思う。
嬉しくない訳ではない。実際はしゃいだラビチャを何人にも送っていたし、楽しいと思う自分だっているのだ。
そうなのだが、それと同時に他人事のようにも思えるという不可思議な気持ちが環の胸の真ん中にどっかりと座り込んでいた。
少なくとも自分は今、ここにいない方が良さそうだということは察するにあまりあったため、環はゆっくりと立ち上がってそのままリビングを後にする。
そう長くもない廊下を歩いて自室に戻ると、いつものようにゲームに興じ始めた。
誕生日にネガティブなイメージはない。幼い頃、存命だった母親も妹の理も明るく、そして楽しく誕生日を祝ってくれた記憶が残っている。施設に引き取られてからもみんなで誕生日を祝って、笑顔だったという思い出は環の中にしっかりと刻まれていた。
それでも、どうしても、当事者だという感覚は薄い。祝われたら嬉しく、プレゼントを貰えばなお嬉しいが、それは誕生日でなくともいわゆる〝いいこと〟があった時と同様のものだ。
少なくとも今この瞬間において、明日が自分の誕生日だという実感や期待感のようなものはひとつも感じられなかった。
普段と変わらない今日、その程度の認識でしかない。
そんな何とも形容し難い気持ちを抱きながら環は、いつものようにゲームに没頭していく。そして次にゲームから意識を逸らした時には、すっかり時間は過ぎ去っていた。
端末に表示される時間は、そう遠くないうちに日付の変わる瞬間を迎えるだろうほど深いもので、環はよくある状況に対してひとつ大きく息を吐く。ため息というよりはただ単なる一呼吸といった印象の息を吐き出している時、環の部屋の扉が控えめに叩かれた。
「開いてんよ〜」
視線すら向けることなく環は扉を叩いた主に言葉を投げかける。
「お邪魔します」
ノック同様に控えめな声とともに環の部屋へ入ってきたのは壮五だった。緊張すら感じられるその様子に環は初めて視線を向ける。
すると声色異常に緊張した様子の壮五が、所在なさげに部屋の入り口に立ち尽くしていた。
「そーちゃん、どした?」
思わず尋ねてしまう。そうしたくなるほどまでに壮五からははっきりと緊張を見てとることができたからだ。
環の問いかけに壮五はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐ると言ったふうにゆっくりと口を開く。
「少し……一緒にいてもいいかな?」
「いいけど……なんかあった?」
重ねて問う環の言葉に、ほんの少し躊躇う様子を見せた壮五は次には意を決したのか、先よりもはっきりと口を開いた。
「……君の誕生日を、一緒に祝いたくて」
けっして大きな声ではなかったが、それでもきっちりと届くその声と紡ぎ出された言葉は、確かに環に喜びを運ぶ。
それもそのはずで、最初こそ合わないとたかを括って関わることもしなかった壮五のことを環はすっかり大切だと感じでやまないからだ。
大切な相手に言われてこの上なく嬉しい言葉を、環は今実際に向けられている。嬉しい、喜ばしい、幸せ、そういった感情が一気に環の中を駆け巡った。
「そーちゃん!」
瞳を輝かせながら、さながら大型犬の如く壮五に飛びつく。全身を駆け巡る気持ちそのままの環の行動に、壮五は何とか足を踏ん張って踏みとどまった。
「わっ……びっくりした……」
自然と口からこぼれた言葉は、純粋な驚きのみを表していて環の行動を全く想像もしていなかったのだろうことが、はっきりと感じられる。
拒絶されていない、ということだけでも僥倖だろうか。
自分の中にある気持ちが仲間として、メンバーとして、相棒として大切だと思っているのか。それとも、また別の何かなのか。
環はまだその答えには辿り着けずにいたが、この瞬間についてはそれこそ瑣末なことのように思われた。
こうして喜びの瞬間を環が堪能している間にも刻一刻と時間は刻まれていく。時計はついに零時を告げた。
「環くん、誕生日おめでとう」
「ありがと、そーちゃん」
壮五が笑顔とともに告げた祝福の言葉に、環はその顔を破顔させる。
年をひとつ重ね、大人の階段を登る環のそばには壮五の姿があり、おそらくそれはこれからもずっと変わらないものなのだろうと確信に近い思いがあった。
互いが変化したからこそ、変化をしない物事がある。
環も壮五も互いの存在がなければ気付くことはなかったかもしれない。そんな気持ちを抱くことができたということそのものを、二人は笑顔で噛み締めた。
ほんの数時間前まで、どこか淡白に誕生日のことを捉えていたはずの環だが、すっかり今日は自分が主役なのだと自負する、ともすればご機嫌なばかりの人間へと変わっている。
そこには確かな当事者としての意識があり、もう誕生日をどこか遠くへ感じていた環はいない。
満足げに笑い合う二人がいるのみだった。
翌日、朝から環は仲間たちの熱烈な祝福の言葉を浴びる。そして学校を終えてからはさらに熱烈に祝福を受け、淡々とした様子でいる暇もなかったのは言うまでもない。
