眠る記憶に咲く花(znzn)

 ここはどこだったっけ、俺は何をしていたんだっけ。
 見回してみても誰もいないし、何も無い。ここは、どこだ。
 どこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだ。
 歩いてみて、走ってみて、止まってみて、ぐるっと見回してみて、蹲ってみて、立ち上がってみて、何もない。

 ほんとうに、なにもない。

 ここに広がるのは圧倒的な無、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 自分取り巻くものを確認して、次に思うことはただ一つ。

――俺は、誰だ。
 
 
 
 自分自身に問いかけてみるが、その問いに答えはない。ここにはたった一人、俺しかいないのだから当然といえば当然だ。
「お前、自分が誰か知りたいの?」
 何もない、誰もいない、そう思っていたはずの視界に突然、人が現れた。
 え? だれ? さっきまで誰もいなかったよね?
 疑問しか浮かばない。そいつはキラキラと輝くような金髪を持ち、どこかで見たような羽織を着た奴だった。
 どこで見たのだろうか、顔立ちも何となく見覚えがある。あとその眉毛、まるで花びらみたいな形をした……うん?
 分かった。これ俺じゃん! なんで?
「やっと分かったのか、我ながら物分りが悪いな」
 眉を腹立たしげに寄せ、恨み節を言われた。俺に。
 開かれない双眸から感情は読み取れないが、気配からは恨み節同様にありありと苛立ちを見せてくる。笑えない。
「そう。俺はお前、お前は俺だよ。我妻善逸」
 そう言って、目の前のそいつは嗤った。ほくそ笑んだ、といった方がいいかもしれない。
 俺と同じ顔らしいそいつの様子が、どうにも気に食わなかった。
 ――我妻善逸。
 そう、俺の名前は我妻善逸だ。名は体を表すという言葉があるらしいが、それはどうやら真実のようだ。
 実際、俺の頭の中には自分の名前に引き寄せられるように、多くの記憶が集っていく。何だか不思議な感覚だった。
「正直に言うと、お前が俺と言うところについては納得が行っていない」
 目の前の俺――何だかおかしな言い方だけれど――は、見るからに不服といった表情でそれに相違ない不服の言葉を口にする。
 ねぇ、そんな顔することなくない? そう思わずにはいられなかった。
 だってそうじゃん。俺たちは元々一人なわけで、夢の中だけ別々ってことだろ? なら、そこまで嫌がらなくてもいいだろって。
 けど、やっぱりこいつは有り得ないって顔をしかめてる。音だって、他人なんて信じないってそんな音だった。
「俺はお前の見る夢の影だ。陽の元を生きるお前を影から人間たらしめる者だ」
 すらすらと口から出てくる口上は、驚くほど空虚で悲しい。でも、すぐ気を失って何の役にも立てない俺だから――それは、そうなんだろうなぁって妙に腑に落ちたんだ。

 誰かの役に立てる、そんな自分を望んでる。けど、それを他の誰でもない俺が否定して嗤っているなんて、あんまりだ。
 そう、あんまりだ。
 俺は誰にも俺の望むような姿をすること、それは望まれていないのかもしれない。少なくとも、もう一人の俺は期待なんてしていないってわかる。
 きっとこいつは、俺よりも俺の望む姿なんだろうなって思うよ。身体が震えて、足が竦むようなことだって当たり前のようにやってのけるんだ。
 だとしても、俺は信じたい。いつかこいつに頼ることなく、誰かの役に立てる日を。

 何故だろう、目の前の俺が笑った気がした。

 善逸の双眸が開く。どうやら気絶していたらしい彼の姿は森の中にあって、頬に当たるざらざらとしながらもひんやりとした地面が、夢から醒めたのだと実感させた。
 草で覆われている場所で倒れ込んでいる彼の視界は、ほぼ一面が青々とした草葉の色をしている。
 その中にあって、控えめに存在を主張する花があった。鼓草だ。
 鼓草は青々としたなかに、明るく鮮やかな黄色を主張してそこに在る。小さく儚げながら、凛と胸を張るような姿は神々しくも思えた。
 善逸はその姿に、朧気に夢のなかの誰かを思い出す。もう誰だったかも思い出せない相手に、思いを馳せながら身体を起こして鼓草へと手を伸ばしてみる。
――怖いけど、頑張ってみるよ。
 誰かが笑ったような、そんな気がした。