真昼の花火

嗚呼、こんなにも世界は美しい。
雲一つない快晴の空の下、私は喜びを噛み締めた。
生まれた場所も綺麗な場所ではあったけれど、少し窮屈なところだったと今にしてみれば思う。
あの場所を飛び出して、広い世界を──その一端に過ぎないのだとしても──見たということは、私の中で確かな経験になった。
だからこそ世界の美しさがわかるのだ、なんて小難しい自負を胸に抱きながら私はただ真っ直ぐに歩く、
あまりにも良い天気である今日は、外出日和と称するにふさわしい。ついどこかへ行ってみたくなる。
だからこうして外へ出て、行く先も決めずに歩き始めたのだけれどお。割と私は気分屋なところがある、らしい。
こういう面を実感して、これは認めざるを得ないなと思う。納得しているとまでは言わずとも、自身の感じたことに理解は示せるというところだった。
それは良いにしても、本当に今日は気分が良くなるほどの好天気だ。
気分の良さは無意識のうちに鼻歌の一つでも口ずさんでいるほどで、それほどまでに嬉しくなるような空だった。
周りの景色も華やかに咲き乱れる花によって彩られていて、青空の鮮やかさがより強調される。
この空は今は一緒にいない友達とも繋がっていて、きっと幸せをそれぞれが謳歌しているだろうと、何故かわからない確信を持ちながら軽やかに足を動かし続けた。
──先生にこの話をしてみようか。
きちんと言葉に耳を傾けてくれる〝先生〟に、今の心が弾むような気持ちを伝えたい。
さらに弾む足取りで青空の下を私は歩いた。