相合い傘は夢とロマンがあるわけです(kmbk)

「おい、帰ろうぜ!」
 伊之助はいの一番に教室を飛び出し、そわそわと落ち着きのない様子で振り返る。そんな様子をにこにこと見守りながら炭治郎は
「ああ、そうだな」
と、言葉を返した。
「紋逸の奴、また待たせやがったらただじゃおかねぇ」
「こら! そんなことを言うんじゃない。善逸は学年が違うんだから仕方がないだろう?」
 口を尖らせながら不服を述べる伊之助は、以前に待たされた時のことを思い返して顔をしかめた。そんな伊之助のことをたしなめながら、炭治郎も内心あまり待ちぼうけを喰らいたくはないと思いつつ、そんな様子はおくびにも出さない。

 やがて二人は、下駄箱のある生徒用の校舎出入り口までやってくる。最近は早く授業が終わった方が、下駄箱の近くで待つと言うことがお決まりになっていた。
 伊之助はじっと立ち止まったまま、口を開かない。いつもは煩いほどによく口を開く伊之助が、こういう人の往来が多いところに来るとはたと喋ると言う行為を放棄してしまうことが不思議で、理由を以前に炭治郎が尋ねたことがあるほどだ。
 曰く全身がビリビリとして気持ち悪いのだと言う。その気持ちそのものは炭治郎にはさっぱり分からなかったが、彼は人と比べて鼻が利くためなんとなくそういった周りと違うところで何か思うところがある、という点についてはよく理解ができた。
 そんな経緯があっていつもここで二人、善逸を待っている時は街人が来るまで無言を貫き続けている。しかし今日は違った。
「ひと雨来そうだな。なんだかゾワっとしたぜ」
 言葉の通り何かを感じ取ったらしい伊之助が、弾かれたように視線を下駄箱のさらに向こう、開け放たれた出入り口から外へと向ける。見た目には雲こそ多くはあっても晴れといって差し支えない空模様が広がっているが、伊之助にはそうは感じられないらしかった。
「うん、雨の匂いがする」
 炭治郎の鼻にも雨の気配を帯びた匂いが届いていて、伊之助の言葉を肯定する。
「相変わらず、噛み合ってんのかそうじゃないのか分かんないよなぁ」
 ぼやくようにそういったのは、炭治郎でも伊之助でもない。今しがたやってきた、二人の待ち人である善逸だった。
 善逸は、俺も人のことは言えないけどと付け加えて笑みを浮かべる。彼も彼とて耳がよく、その耳には遠くの音が届くだけに留まらず、音から多くのことを読み取ることが出来るほどだ。
「待たせやがって」
「酷くない」
「おつかれ、善逸」
「炭治郎ぉ、ありがとぉぉぉ」
 情けも容赦もない伊之助に、善逸は反射的に激しめの声を返す。そして労いの言葉をよこしてきた炭治郎の名前を呼びながら、しっかと彼にしがみついた。炭治郎の乾いた笑い声は、廊下を往来する生徒たちの中へ消える。
「帰るぞ」
 伊之助の声に善逸は、ぱっと炭治郎から離れると声の方へと視線を向けた。二人を置いてすでに歩き出している伊之助は、あてがわれている下駄箱の方へと一直線だ。
「早いって!」
「待て伊之助」
 置いていかれてしまった炭治郎と善逸は、前を行く伊之助に声をかけながら小走りで動き出す。そうしている間にも伊之助は、そうそうに靴を履き替えて出入り口のところへと一目散に向かっていた。
「あ」
 そんな伊之助が、間抜けな声とともに足を止める。
「降ってきやがった」
 言葉の通り、少し前まで覗いていた青空はどこへやら、空は厚く重い雲に覆われて雨粒が落ちてきていた。三人のような鋭い感覚を持たずともわかるほど、空は暗く雨がひどく降るだろう様子は周りの生徒たちを焦らせる。
 傘を持ち合わせていない生徒の落胆の音を耳にしながら、善逸は必死に鞄の中に手を突っ込んでは引き上げてという動作を繰り返した。傘を探している善逸を横に見ながら、さらりと自身の傘を手にした炭治郎が手元で傘を開き出入り口をくぐる。
「あったあった」
 鞄の中からやっとの思いで傘を取り出した善逸は、先に雨の中を待つ炭治郎の方へ向かいながら傘をさした。
「俺を入れやがれ!」
 善逸が傘をさし出入り口をくぐろうかというその瞬間に、伊之助が勢い良く後ろから飛びつくようにして善逸の傘へと入ってくる。
「お前! やめろよ、濡れるだろ。傘持ってないのかよ!」
「んなもん、お前らが持ってんだからいらねぇだろ」
「うわ……普通に開き直ってるよ、コイツ……」
 伊之助の行動に善逸は不服を口にするが、聞く耳持たない言動にすっかり毒気を抜かれた格好になる。このやり取りの間にも伊之助は傘の下に収まるべく、善逸の肩を抱き後ろから抱きしめているかのような体勢になっている。
「いいじゃないか善逸。伊之助は傘持ってないんだし入れてやれば」
「そりゃ忘れたんなら文句はないけど! コイツ確信犯だもの! 俺知ってるもの!」
 炭治郎の言葉に再び勢いを取り戻した善逸が、熱くまくし立てるが背後の伊之助には当然のごとく何の効果もなかった。
「はぁ……もう、分かれ道までだからな」
「おう!」
 諦めを乗せた言葉に、弾む伊之助の声が返され善逸は大きくため息を吐く。そんな二人の様子を見つめる炭治郎の表情は 大層なほどに満足げであり、それでありながらその大層さは全く嘘のないものであった。
「二人とも、行こう」
「おー!」
「おー、じゃねぇんだよ、耳元で大声出すなって!」
 炭治郎の声に応える伊之助は、今日一番かもしれない上機嫌さで大きく声を上げ、それに負けじと声を張る善逸は反対に不満げだ。二人の声は賑やかを通り越してうるさいの域に達していたが、隣を歩く炭治郎はにこやかだった。