都市というには閑散とし、田舎というには往来のある、そんなありふれた街並みの中に年若い者たちが多く行き交う。この地は、教育機関の充実により発展を遂げてきた街であり、学生たちの姿が多く見受けられる場所なのだ。
この地に一人の学生の姿が在る。彼はここ数ヶ月でこの地へとやってきた、いわゆる新顔であった。金髪に琥珀色の瞳を持ち、一見すると目立つ風貌ではあるが、決して目立たずありふれた学生の一人として、近所でも学校でも好意的に受け入れられている。彼がこの地に馴染むまで、時間は大してかかりはしなかった。
しかし彼はただの学生、というわけではない。学生と言ってしまえば通せる見目でこそあるが、実際はそれよりも年齢を積み重ねている、れっきとした社会人だ。それもただの社会人ではなく、とある場所でとある任務を受けてこの場にいる、平たく言えばスパイとして潜入調査を行なっている人物だった。
『我妻善逸』そう名乗っているが、それが本名なのかどうかは、誰一人として知る由もない。
我妻は学生として、平凡な毎日を送っている。少なくとも昼間は取り立てて大きな活動をすることはない。返って目立ってしまうのもあるが、何より学生としての本分を全うしなければ疑われようというものだった。
「我妻さん!」
快活な声色の呼び声が響く。
「竈門くん」
我妻を呼んだのは、竈門炭治郎という青年だ。彼は我妻の学生生活の中で関わり合いになった、一学年下の竈門は驚くほどに我妻のことを慕っていて、何かというとこうして声をかけてくるのである。
「今から学校ですか?」
「うん、竈門くんも?」
「はい。良かったら一緒に行きませんか?」
竈門の誘いに我妻は頷いて見せた。
長閑な気配が漂う道、見るからに平和を絵に描いたようなこの地は、アンバランスな仮初の平和で成り立っている。
だからこそ我妻のような者が状況を探るべく派遣されたりする訳なのだが、彼の目の前にいる竈門はそんな不穏なこととは無縁にも思えるほど、明るく嘘のない様子が見てとれる。しかし、我妻はそんな彼すらも平和とはかけ離れた側にいるのではないかと疑いを抱き続けている。
竈門がときに見せる表情はあまりにも鋭いもので、その鋭敏さはあまりにも平和からはかけ離れたものに思えたからだ。もちろんそれだけでは決め手に欠けるが、その辺りはこの手の任務を多くこなしてした我妻の直感がものをいうところもあった。
学校へと向かう道すがら、これといって言葉を交わすことはない。普段は、ただ絶妙な距離感を保って歩き続けるばかりなのだ。
しかし、今日に限ってはそうではなかった。
「我妻さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
そう言う竈門の声は、いつになく緊張の色を帯びている。
「どうか、したの?」
慎重に様子を伺いながらも、出来うる限り平静を装って我妻は言葉を返した。
「もし、もしもですよ? この国がとてつもないギリギリの均衡のなかで、成り立っているとしたらどうします?」
「……現実味がないね」
「だから、もしもの話です」
「どこの国でも少なからず争いはあるし、有り得ない話ではないんだろうとは思うよ」
二人の間に無言の間が訪れる。緊張感はさらに増し、彼らを包む空気はぴりぴりと震えているようだった。
「さすがこの国の人にはない、危機感ですね」
「そういう君は、この国の人とは思えないほどの緊張感だけどな」
二人の間の空気はこの言葉だけでさらにまた震え、側から見れば何事かと不安をも抱きそうなほどの気配だ。
「あなたが探している情報は、俺が持っています」
「……何の話かな」
「とぼけなくても大丈夫です」
竈門はそれまでの人の良さそうな様子はそのままに、ほんの少しだけしたたかさを増した様子で笑う。どうやら、我妻はずっと試されていたらしい。
「御眼鏡にかなったみたいで」
心なしかほっとした表情を浮かべながら、我妻はそれでも抜け目なく竈門の様子をうかがっている。
「じゃあ、答えてもらおうか。この国の、内戦の蜂起についての情報を」
これまで見せなかった不適な笑みとともに我妻は、ついに竈門にその本性をあらわした。その我妻の姿に、竈門もまた不適に笑う。
――それは、それぞれの信じる正義が交わる、その瞬間であった。
