楽しき日(tnzn)

 さほど大きくもない駅の前、それでも従来には多くの人々が行き交い活気にあふれている。急ぎ走り抜けていく者、連れ立って歩いていく者、待ち合わせをする者など様々だ。
 そんな駅の改札前にシンプルな上下、肩にはショルダーバッグをかけた姿は動きやすさを一番に考えていると感じさせる格好だ。
 炭治郎はきょろきょろと落ち着きのない様子で視線を右往左往させる。側から見た人間が十中八九、誰かを探しているのだとわかるほどの行動は見ようによって焦りにた感情を帯びているように思われた。
「たぁんじろぉ!」
 間の抜けた呼び声に振り返ると、炭治郎の待ち人が小走りで向かってくる。黒いキャップにあざやかなオレンジのシャツが目を引く彼は我妻善逸。炭治郎の待ち人であり恋人だ。
 つい最近、付き合いを始めたばかりの二人はやっとのことで今日のデートを取り付けた。いわゆる初デート、というやつに二人は浮き足立つ。完全に二人きりというところも、少し彼らを緊張させていた。
「ごめ……遅くなっちゃった」
 そう言う善逸はへらりと笑い、炭治郎を見つめる。
「時間ぴったりだ、大丈夫だよ」
 炭治郎の笑顔と言葉にホッとしたのか、善逸は大きく息を吐いた。
「行こうか」
 その言葉とともに歩き出した炭治郎を善逸は早足で追いかける。二人の足は改札へと向いていた。
 
 電車に揺られていくらか。二人の姿はとある大きな遊園地の入り口前にあった。炭治郎も善逸も等しく瞳を輝かせ夢のような世界に入り口前から思いを馳せる。二人の手にはしっかりと入場のための券が握られていて、後は中へ入るのみだった。
「俺さ、すげぇ楽しみにしてたんだよね」
「俺もだよ。今日はたくさん楽しもうな」
 微笑みあって入り口をくぐるべく歩き出した二人を、大きな着ぐるみが出迎える。驚きとともに炭治郎は立ち止まるが、善逸はキラキラと瞳を輝かせながら着ぐるみに近づいた。
 彼の身長と大差ない着ぐるみの大きな身体は、ふわふわとした柔らかな毛で覆われている。きっと触れると抜群に心地良いだろうことは、見ているだけでも想像に難くない。
 近づいていく善逸に対して、着ぐるみがパタパタと大きく手を振る。それがとどめだった。
「すっげぇ可愛い〜!」
 善逸は着ぐるみに勢いよく抱きつくと、顔を擦り寄せながら幸せそうに目を細める。心地が良いだろうことはさらに充分すぎるほど伝わり、炭治郎としては面白くない。
「なぁなぁ、たんじろ! ツーショット撮ってよ!」
 嬉々としていいながら善逸は炭治郎に自身の端末を手渡す。カメラの機能が表示されていて、後は被写体に向けて操作をするだけだ。いそいそと着ぐるみの元へ戻った善逸がポーズをとる。着ぐるみに腕を回して、嬉しそうにピースサインを炭治郎の方へ向けていた。
 何故だろう、もやもやとした気持ちが次から次へと炭治郎の中に溢れて止まらない。思わず口を尖らせつつ炭治郎は、じっとその場に立ち尽くす。
「なぁ、たんじろぉ! 早くっ!」
 そわそわと落ち着きのない様子で善逸は炭治郎をせかした。炭治郎はそれがまた気に入らない。大人気ない、子供じみた気持ちであることは理解出来たが、それでも善逸が着ぐるみとばかり戯れる姿を良しと出来なかった。
 悶々としながらも善逸に向かって受け取った端末を構える。それでもやはり納得がいかない気持ちが消えることはなく、どうしても悶々としてしまって彼が求めるような写真を撮ることは叶わない。
「な、たんじろ。撮れた?」
「……まだだ」
「えぇ……」
 炭治郎の返答に善逸がガッカリした様子を見せて肩を落とす。すると、職員のうちの一人が炭治郎の元へ近づいてきた。
「お客様、良ければこちらでお写真撮りましょうか」
 それは神の一声のようでもあり、神の啓示のようでもある。炭治郎はその言葉に全力で甘えて、端末を職員に託すと善逸の元へと駆け出した。
「え、何。待って待って?」
 突然の炭治郎の行動に善逸は驚くばかりだ。気がつけば着ぐるみを挟んで、反対側に立った。
「では、よろしいですか?」
 職員の声が響く。善逸の混乱を尻目に、炭治郎はどこか満足げに端末の方に笑顔を向けた。結局、善逸も端末に再び笑顔とピースサインを向け直し、再び職員の掛け声とともにカシャりと音がする。
 写真はどうやらいい具合のものが撮れていたらしい。職員は画面を確認してひとつ頷くと、炭治郎の方へと向かって歩いてくる。
「こちらでいかがでしょうか?」
 向けられた画面には着ぐるみを真ん中に、炭治郎と善逸が満面の笑みを浮かべて映っていた。
「大丈夫です、ありがとうございます」
「お前、一緒に映りたかったんなら早く言えよなぁ!」
 炭治郎が頷いて端末を職員から受け取ると、善逸がそれを身体を寄せながら覗き込む。端末の画面に映る自分らを見て、善逸は炭治郎同様に頷きながら「いいじゃんこれ」と言って笑った。
「いや……一緒に写りたかったというか、なんというか……」
「それとも何? 着ぐるみに嫉妬でもしちゃった?」
 揶揄うような善逸の言葉に、炭治郎は言葉を失ってしまう。その言葉は図星であり、改めて自身の嫉妬という重たい感情を改めて実感させられてしまった。それゆえにどうしても問いに答えることができない。
 無言こそが答え、そこに思い至った善逸はほんの少し頬を赤くした後、炭治郎から視線を逸らした。
「……図星かよ」
 ぼそりとそうこぼす。それが善逸にとっての照れ隠しであり、精一杯の言葉だった。
 慌てて炭治郎の手の中にある端末を奪い取るようにして取り返ししまい込むと、口を尖らせながら小さく「行こうぜ」と呟く。控えめに手をひとつ差し出しては見るものの、恥じらいが先に立って、それを再び引っ込めようとした。
 だが、その手を炭治郎は逃さず掴む。ぐんと引かれた手によって、善逸は炭治郎の方へと引き寄せられる格好になった。
「……せっかくだから、手を繋いでいかないか?」
 おずおずと、しかしそれでいてはっきりと炭治郎は告げながら、善逸の手を握りなおしてはにかむ。ただでさえ照れくささを覚えている善逸をさらに恥ずかしく感じさせ、頬を赤く染めさせた。
「……いいけど」
 蚊の鳴くような声で善逸が炭治郎の申し出を肯定すると、赤色を帯びた瞳が輝く。そして、幸せかつ心底嬉しそうな表情を浮かべながら、大きすぎる声で感謝の声を張り上げた。
「声! 声でかいの!」
 反射的に声を発する善逸のそれもまた大きいのだが、もうそれを言い出してはキリがなくなる。それほどまでに互いの照れの感情が止まらなくなっていた。
 それでも、その場で止まっているわけにもいかない。炭治郎は、善逸の手を引いて歩き始める。手元にあった入場券をもぎられてから、大きくそして煌びやかに飾られた入り口を二人でくぐると、目の前には夢の世界が広がっていた。
 炭治郎は目の前に広がる、見たこともないほど輝いた場所に呆気に取られるばかりだ。嘆息を吐き出すばかりで声も出ない。
「そういえば、炭治郎ってこういうところに家族以外と来るの初めてだっけ?」
「うん」
「新鮮?」
「そうだな。家族で来るのとは全然違う。善逸と一緒だから、いつもとは違う楽しさがあると思うよ」
 口説き文句のようでもある炭治郎の言葉に、善逸は再び赤面させられることになった。しかし炭治郎は構う様子もなく、善逸の手を再び引く。
「善逸のおすすめを教えてくれ」
「え? 炭治郎、乗ってみたいやつとかないの?」
「それより、善逸の好きなものを知りたいんだ」
「……ほんとお前、恥ずかしいこと平気で言うよね」
「そうか?」
「そうだよ!」
 善逸ばかりが頬を赤く染め、炭治郎は楽しげに笑っていた。だが、まぁ、それも悪くはないだろうと善逸は思い直す。そして、今度は彼が炭治郎の手を引いた。
「行こ、たんじろ! この券ははアトラクション乗り放題のやつだから、どこでもいけるよ!」
「最初はどこに行くんだっ?」
 ぐいぐいと手を引かれるその力につんのめりそうになりながら、炭治郎は確認の意味も込めて尋ねる。すると笑顔とともに善逸はとある絶叫マシーンを指さした。
「あれ!」
 家族とは絶対に乗らないようなものが、即登場して炭治郎はその選択に善逸らしさとともに新鮮さを感じて笑う。
「あれには乗ったことがない、楽しみだ!」
「お、初めて? ビビるなよ?」
「まさか!」
「どうかなぁ〜、楽しみ!」
 やっといつもの調子で軽口を叩き始めた二人が、善逸の要望でここで一番の恐怖と絶叫を味わえるという、絶叫マシーンへと向かったのだった。
 
「すごいな……」
 絶叫マシーンを目の前にして、炭治郎はただただ感嘆の声を漏らす。遠くからは見たことはあっても、乗ったことがない以上は近くで見るのも初めてとあって、炭治郎の瞳には好奇心の色ばかりが映っていた。
「俺は、この年てこんなにも絶叫マシーンに興味津々なお前がすごいと思うよ」
 目を爛々とさせている炭治郎に対して、善逸は一歩引いた視点から彼を見つめている。冷めているというわけではないが、炭治郎のような感動はない。
 絶叫マシーンへ乗るための待機の列はそれなりに待ち時間があり、列の最後尾に並んでからしばらく。客はさらにひっきりなしに現れては炭治郎と善逸の後ろに並んで列をなしていった。
 後ろに並ぶ人の数よりは、間違いなく前に進んでいくあんばいの方が遅い。炭治郎と善逸は言葉を交わしながら、列の進んでいく様子を伺いながら歩を少しずつ進めていった。
 そして今。目の前にある絶叫マシーンに炭治郎が感嘆の声を上げたというわけだ。相変わらず目の前の状況に釘付けになっている炭治郎の姿は、いつになく浮ついていて善逸と二人でこの時間を全力で楽しんでいるのだろうことがありありと伝わる。
 列がまた少し動いた。次には乗ることができるだろう。炭治郎はもちろん、周りの期待に胸を膨らませているだろう大人子供関係ない人々からも、感嘆の声や落ち着きのないざわめきが溢れて落ちた。
「もうすぐ乗れそうだな」
「善逸は、これのどういうところが好きなんだ?」
「絶叫マシーン、って名前の通り思いっきり叫ぶことかな。すっきりするんだ〜」
「テレビでも見たことがあるな。高いところから一気に降りていくときに叫ぶってやつだろ?」
「それそれ。せっかくだから一緒に叫ぼうぜ」
 そうだな、と炭治郎が頷いたのと同時にまた列が進む。係員に誘導されるがまま二人は並んで座ると、安全のためのストッパーが下された。係員の注意喚起のアナウンスの後、ゆっくりと彼らの乗った乗り物が動き始める。
 がたがたとレールを走る音と、それに合わせた小刻みな揺れが客に等しく襲いかかり、進行方向にある坂状に敷かれたレールをゆっくりと登っていった。
 まるで恐怖を溜め込ませるかのようにゆっくり、ゆっくりと登っていく様子は高所やこういった緊張状態の苦手な人間には、断頭台にでも送られ死刑を待つかのような気持ちかもしれない。
 しかし炭治郎は、何が起こるのだろうか、どのようになるのだろうかという期待に瞳が輝き、善逸の方へと視線を向ければ彼もまた同様だった。
「楽しみだな、善逸」
 そう隣に声をかけてみれば、満面の笑みが返ってくる。その表情からは、確かに炭治郎の言葉と同質の感情を感じ取ることができた。
 やがてレールをゆっくりと登っていた乗り物が、客を乗せてその頂点へと差し掛かる。客を乗せた乗り物が、一度ぴたりと止まると次の瞬間に思い切りよく坂を駆け下り滑降していった。
 そこかしこから絶叫の声が上がる。しかしそれは恐怖というよりも歓喜に近いものだ。待ち望んだ爽快感が客を等しく包み込む。
 善逸はというと、周りの人間とは一線を画すような絶叫具合で、正しく絶叫マシーンを楽しんでいた。炭治郎はその善逸の姿を真似てみると、はじめこそ大声を出すことそのものに抵抗と恥ずかしさを感じている様子だったのだが、気がつけばすっかり周りなど気にせず善逸同様に全力で楽しんでいる。
 あっという間にもといた場所へ戻されて、速やかに降ろされたのだが満足感が程よい余韻となって、炭治郎も善逸も興奮気味に絶叫マシーンを後にした。
「な、初めての絶叫はどうだったよ?」
 先の場所から少し離れて、善逸は炭治郎の顔を覗き込んだ。
「面白かった! 大声を出したからかな、すっきりしたよ」
「だろ〜? 俺もそれが好きでさぁ!」
 善逸が炭治郎の言葉に嬉しそうに返し、そしてさらに言葉を続ける。二人の表情は見るからに楽しいという感情に満ち溢れていた。
 
 それからも興奮冷めやらぬ状態で、片っ端からアトラクションを二人で制覇していく。混み合う人の間を抜け、後ろに並び、アトラクションに楽しい声をあげ、二人は笑い合い続けた。
「な、炭治郎。そろそろ休憩しない?」
 概ねアトラクションを乗り尽くした善逸の口からその提案が飛び出して来るのも当然だろうという頃合いだ。炭治郎としても、終始ほぼ歩き回っている状態であったため、善逸のいうように身体が休息を必要としていることを感じ取っていた。二つ返事で善逸の提案に乗ると、そのまま食事の取れるスペースへと向かう。
 当然ながらこの場も人で溢れかえっていたが、その中にある一つ移動車の店の前で善逸が足を止めた。
 そこはポップコーンを売っているお店らしい。車の周りには多くの子供たちが列を作っていて、彼らの視線の先にはこの遊園地のキャラクターの形――炭治郎と善逸が入り口前で出くわした着ぐるみと同じものだ――をしたケースに入ったポップコーンだ。
「これ、お揃いのやつ買おうぜ?」
 善逸はこの着ぐるみが気に入っているのだろう、キャラクターケースのポップコーンを指差しながら炭治郎に向ける瞳ははっきりと懇願の感情が浮かび上がっている。
 だが炭治郎は首を傾げた。もちろん、これを購入するということについての疑問についての動作だ。
「普通のものでいいんじゃないのか?」
 善逸の指差すものの隣に置かれている、遊園地の名前だけが入ったカップに入っているポップコーンの方を炭治郎は指し示す。
 すると善逸はわかりやすく不服の声をこぼした。
「こういうのは記念なの! 二人で出かけた思い出になるだろぉ?」
「思い出はしっかり頭の中に留めておけばいいと思うんだけれど……」
「記憶も大事だけど、物だって欲しいじゃん。頼むよ炭治郎。お揃いのやつ買おうよお」
 善逸は必死に食い下がる。ここにははっきりとこだわりがあるのだということが炭治郎にも伝わってきて、何度かこのやりとりを繰り返した。だがついには炭治郎の方が折れて二人は揃いでキャラクターのケースに入ったポップコーンを購入する。しっかり、飲み物とともに。
 揃いのケースを首から下げて、善逸はご満悦といった様子だ。
「へへへ、お揃いだな」
「そうだな」
「ありがと、俺のわがまま聞いてくれて」
 笑顔を返しながらも炭治郎としてはケースはなくてもよかったのではなどと考えてしまうのだが、善逸のあまりにも嬉しそうな様子をみると、こういうのもたまには悪くないかと思えた。
 人混みの中にぽっかりと空いた場所を見つけ、滑り込むようにして二人は腰を下ろす。彼らの口からは大きな息が漏れた。
「歩き通しだったからホッとするな」
 炭治郎はそう言って善逸に微笑みかける。
「だなぁ」
 善逸もまたその言葉に応えながら炭治郎へ笑顔を返した。
「な。炭治郎はポップコーンの味、何にしたの?」
「俺は塩とバター醤油だ」
「予想通りだ! 俺、キャラメルとチョコレートにしたから、シェアしようぜ」
 そう言いながら差し出される善逸のケースからは、確かに甘い香りが漂ってくる。自分で買おうとは考えもしなかったが、試してみるのは悪くない。そんな気持ちとともに善逸のケースの方へ手を伸ばすと、ポップコーンを手に取った。
「甘いなぁ」
「当たり前だろ、キャラメルとチョコなんだからさ。そっちも頂戴!」
「ああ、いいぞ」
 善逸の求めに応じる形で炭治郎もまた自身のケースを差し出す。勢いよくがさりと善逸の手がポップコーンを掴んで去っていくと、すぐに彼の口へと運ばれた。
「しょっぱいのもいいよなぁ」
 咀嚼をしながら幸せそうに表情を緩める善逸の様子に、炭治郎は目を細めて見つめている。周りの人間の騒がしさは彼らに全く届かなくなり、言うなれば二人の世界。
 二人は満足そうに微笑み合い、見つめあっていた。