我らが人生に祝福を!(tnzn)

 幼い頃、俺は他の人とは違うんだなと思った。例えばそれは耳があまりにも良すぎたり、生まれた時からの音の記憶があったり、自分が捨てられたということをきちんと知っていたり、ずっと親がいないまま視線で育てられたり。他にもたくさんのことが多分、普通ってやつとはかけ離れているんだろうなと思う。
 中でも一番、普通じゃないと感じることが『俺じゃない俺』の記憶が存在していることだ。
 それはひどくぼんやりとしていて曖昧なものだったけれど、時折思い出しては何とも形容し難い気持ちを抱くことになる。
 どうやら、前世? の俺は鬼狩りってやつをしていたらしい。はっきりしないけど、刀を持って黄色っぽい上着のようなものを着る夢を見たことがあるから、多分そんなだったんだろうと思う。
 正直なところほとんど記憶とかはないし、視覚的な何かをはっきりと覚えているわけでもない。ただ、音だけははっきりと覚えていて特に――泣きたくなるような優しい音、これだけはまるで存在に刻まれているかのように正確に、はっきりと記憶に残っている。
 けど問題は、記憶に残る音と合致する人物が、一人として出てきやしないってことだ。
 周りは俺にとってその他一般人しかいなくて、けど毎日は続いていくわけで。
 悲しいし、寂しいって思う。
 けど、こんな奴の方が珍しいでしょ。だから諦めて生きてるんだよな。
 けど、困るのは音。俺、やたらと耳がいいもんだから大勢の中ではすぐしんどくなるし、一人の方が楽だからいつもヘッドホンしてじっとしてる。本当は誰かと一緒にいたいけど、どうしてもそれが出来ない。
 俺、何で生まれてきちゃったんだろう。愛してもらえないのに、生きてる意味はあるのかな?
 いつだってそう思わずにはいられない。
 
 施設の中でだけ生きてるような俺だけど、外に出かけることもある。ここにいる子供の中では年上な方だから、買い物の手伝いで荷物持ちするとか、そんなこともたまにだけれどあるんだ。
 ま、あんまり人と喋ったりはしないけど。ずっとヘッドホンつけてるし。
 施設の人たちはそれを分かってくれてるけど、外に出るとうまくいかないこともある。
 何でそんな話をするかって、今まさにそれだからなんだよね……。
 目の前には見るからにガラの悪そうな男たち――少年っていうには、それより大人に見えた――がいる。そいつらは俺に向かってきて、声をかけてきた。
 今、しんどいんだけどなぁ……ってこっちの都合はもちろん知ったことはない。
 人酔いしてしまって、施設の人の付き添いで来たのはいいけれど、その本来の目的を果たせないでいた。そんなところに起こった出来事に俺は、心底うんざりする。
 ガラの悪い人たち的には、俺がヘッドホンしてフード被ってるのが気に入らないらしい。いろいろ言われてるのもちゃんと聴こえてるけれど、聴こえていないふりをする。誰とも関わりを持ちたくなんてない。
 俺は別に独りでいいから、心穏やかに生きて行きたいだけなんだよ、頼むよ。
 ――なんて思ったところで、相手が察してくれるわけでもない。
 他人の考えや思うところなんて、分かる方がどうかしてる。知ってるんだよ、そんなことは。
 だからしんどい、だから苦しい、世の中は生きづらい。俺の口からは無意識のうちにため息がこぼれて、目の前にいるガラの悪い人たちを目にみえてイラつかせる。
 ああ、これは顔に一発は食らうな、とそう思った時だった。
「嫌がっている人に、何を詰め寄っているんだ!」
 ヘッドホンに、音楽、その上にフードをかぶっていてもはっきりと届くその声は、俺の耳に優しく暖かく凛と響く。
 この声を知っている、気がした。けれど顔を上げてみてもその人は知らない人――のようだった。いや、ま、なんか知ってるような気もするんだけれどね。
 結局、自信がなかった。
 ただ、赤い瞳と額の痣、そして花札のような耳飾りには、既視感を覚える。俺はもしかして、この人を知っているのか? けれどはっきりしたもの何もなく、ただこの太陽のような人を見つめるばかりだ。
 俺がそんなことを考えている間に、ガラの悪い人たちはバツが悪そうに退散させられて、その人が俺のことを見つめている。
「大丈夫、でしたか?」
 やっぱりこの声、懐かしい。赤い瞳が心配そうに俺を覗き込んでいた。
 音を直接耳で聴くことを、ここ何年も嫌ってきたけれど、この人の声はこの人の音は直接聴いてみたいと、心から思う。
 普段は正直、このままでだって支障のないくらい音は聴こえてくるし、必要以上に聴こえてしまう音は苦しいばかりでいいことなんて一つもなかった。
 それでも、何故か聴きたいとそう思ってしまっている自分がいて、どうしてかなんて分からないけれど、俺は流れるようにフードを外してヘッドホンも外す。
 するとそこにはいつもの耳を劈くような不愉快な音はなく、俺を助けてくれた人からの音だけが真っ直ぐ俺の耳に飛び込んできた。
 
 ――泣きたくなるような、優しい音。
 
 こんな綺麗な音は聴いたことがない、それほどに美しい音が俺の耳を占拠する。
 それは俺がずっと探していた音だ。
「あっ、えっと……怪我でもされましたか」
 音の主があたふたと慌てはじめて何事かと思ったけれど、その問題はすぐに答えが出るものだった。
 俺の視線がぼやけて、そのあと頬に冷たいものが流れたから。どうやら俺は泣いてるらしい。正直言ってびっくりだ。よく分からないうちに出る涙ってあるんだな……。
「違う、違うんです」
 目の前ですっかり困り果てているこの、優しい音の主に俺は、必死に釈明しようと声を出した。
「助けていただいて、ありがとうございました」
 どうしよう。涙、止まんない。
 きっと相手もドン引きだろうな、とか思ってたら何故か手を握られた。
 え? なんで?
「あの……」
 気がつくと相手も泣いてて、もう全然意味がわからんのだけれど。でも俺も泣いてるし、何なのこれ?
「俺、竈門炭治郎といいます。もし……もしよかったら、お名前を教えていただけませんか」
 竈門炭治郎――その響きに何かが震えた、気がした。
 目の前に立っているその、竈門炭治郎さんとやらは真剣で真っ直ぐな視線を俺に向け、言葉を待っている。
「我妻……善逸といいます」
 きちんと名前を答えてやりながら、俺は何度も竈門炭治郎という名前を反芻していた。
「ぜん……いつ……?」
 たった一声、そう呼ばれただけ。ただそれだけで、頭の中を懐古や喜び、そして幸せが駆け抜けていく。
 知らないはずのお前を俺は知っている、炭治郎――会いたかった!
 ぐいと握られたままだった手を引かれて、俺は炭治郎の腕の中に飛び込むような格好になる。
「会いたかった、善逸!」
 手だけじゃない、全てがあたたかい。
 炭治郎も会いたいと思ってくれていた、そのことすらも心をあたたかくする。
 ああ、俺はこれからずっと炭治郎と一緒にいられる。いてもいいんだな。
 全てを肯定されているような、そんな風に思えてきて泣きながらも笑う。
 だった幸せなら笑うだろ? 誰かと一緒にいられる幸せを教えてくれたお前が、また側にいてくれるんだから。こんな、幸せなことはないよな。
 
 ひとりぼっちに、さよならを。
 これからはじまる俺たちにおめでとうを。