――善逸の匂いがする。心配させてしまったな……
まだ安静にしておくようにと目が覚めてから通りがかる人に言われ続け、もうそれを何人に言われたのかわからない。炭治郎は未だあまり自由のきかない身体を少しだけ動かしてみては、鈍く走る痛みに顔をしかめた。
そうしている間に炭治郎の鼻に届く善逸の匂いがどんどんと近づき、濃くなっていく。善逸の匂いはいつものものよりも、心配と不安が入り混じり落ち着きのないものだ。
そんな善逸の気配を感じるたび、炭治郎の中に申し訳なさが募っていく。心配をかけてしまったという気持ち、不甲斐ないという気持ちはまるで降り積もる雪のように静かに、それでいて確実に彼の中に重なっていた。
「……炭治郎」
引き戸の擦れる音と善逸の声は、ほぼ同じくして炭治郎の耳に届く。ゆっくりと善逸の方へ首を向けると、匂いと同じく彼表情は暗く不安げなものだった。いつも通りの八の字に下がった眉と目の下に刻まれた隈すら、色濃いと感じられるほどだ。
「善逸……わざわざ来てくれたんだな。ありがとう」
「お前が目を覚ますの、一番遅かったからな」
「そうか……心配かけたな」
「全くだよ! いつもこれじゃ心配もするだろ!」
「ごめん。そうだ、伊之助は?」
「もう起きて跳ね回ってるよ、あの猪は」
「そうか、よかった」
炭治郎、伊之助とともに善逸も同じく任務に赴き怪我を負っていたため、身体のあちこちには傷や手当の跡が生々しく残っていたが、実際のところ炭治郎の方が見るからに重症なこともあって心配の言葉には驚くほどに説得力がある。すぐに伊之助の話をしたことが何か気に障ったのか、先とは打って変わってぶっきらぼうな言葉を口にする善逸に炭治郎はまるで気がついていないようだった。
「あーあ、心配して損した!」
唐突に声を張り上げる善逸に、訳がわからないという様子で炭治郎は目を白黒させる。
一方の善逸はもどかしさを覚えながらも、それと同じくして安堵を感じていた。面倒見がよく、世話焼きで、やることなすこと加減なく全力な炭治郎だ。こうした怪我でもしない限り、またすぐに走り出してしまうだろう。それがいけないというわけではないが、少しくらいは休んでほしいというのが善逸としては正直なところだった。怪我はしないに越したことはないが、これはこれでせっかくの機会だとも思う。複雑な思いがそこにはあった。
「善逸?」
「いいから寝とけよ、今のうちだぞ」
「今のうち?」
「元気になったら、きちんと俺のこと守ってもらうんだからな!」
「善逸は強いだろう?」
「だから言ってんだろ、俺の弱さ舐めんなって」
すっかりいつもの口ぶりで会話を交わし、お互いがお互いに安堵を覚えて大きく息を吐く。善逸はそろそろ行くと告げて踵を返すと、真っ直ぐ部屋を出て行き、炭治郎はその彼の去って行く背中を見送ってから紅い瞳をゆっくりと閉じた。
