慶び、舞へ至りて奉じ納めしを(tnzn)

「慶び、舞へ至る道」

 新年を迎えることは、とても喜ばしく同時に炭治郎にとって緊張も抱かせる。何故ならば炭治郎はこれから、神事に臨むからだ。
 
 ヒノカミ神楽を、奉納して欲しい。
 
 そう頼まれたのだ。新年を迎えることはすなわち、この神楽を奉納することと思っていた炭治郎ではあったが、今までとは激変しすぎた生活にどうしたものだろうかと考えていたところだった。
 正直なところ、彼としては願ったり叶ったりといった気持ちであり、二つ返事で引き受けたのである。
 だが、引き受けてみて改めて抱くのは、今までとはまた違う緊張感だ。家族以外の人の前で神楽を舞うのは初めてであり、その事実が生むものだった。
 心地の良い緊張感ではあったが、それでも若干の硬さは本人としても覚えずにはいられない。
 はぁ、と大きな息が炭治郎の口から漏れた。縁側に腰掛けながら見上げた空は雲ひとつない快晴で、炭治郎の様子とは真逆の模様だ。そのあまりにもな落差が、また炭治郎に緊張を抱かせるという悪循環に陥っていた。
 そんな炭治郎の真後ろから、足音がひとつ迫る。炭治郎の嗅覚はその存在を的確に捉えるが、相手の様子はいつもと違うように思われた。
「な、炭治郎?」
 足音の主である善逸の呼び声は、そんな炭治郎の緊張を見透かしているようにも思えて、思わずどきりとする。
「どうしたんだ? 善逸」
 つとめていつもと変わらぬ風に応えた炭治郎は、後ろから呼びかけてきた善逸の方を振り返り見上げた。
 するとほんの少しだけ眉間に皺を寄せた善逸が視界に飛び込む。予想とは違った表情に、炭治郎は驚かずにはいられないが、善逸もまた驚いている様子だった。
「どうしたって、それ俺の台詞だと思うんだけど」
 じろりとした視線が炭治郎を見つめた。
「そうか?」
「そうだよ!」
 やはり緊張を見せないように言葉を口にした炭治郎だったが、そんな小手先のやりようは善逸には全くもって通じない。
 善逸の声を受けて炭治郎は苦笑することしかできなかった。
「やっぱり善逸にはかなわないなぁ」
「お前が隠しごと下手すぎるだけだろ……」
 今度は善逸が苦笑する。
 だがこのやりとりで、少なからず炭治郎の緊張がほぐれたことは確かだった。
「今日の晩、神楽を奉納するんだろ?」
「うん」
「……炭治郎も、やっぱ緊張とかするんだな」
 炭治郎の隣に流れるように腰を下ろした善逸が、顔を覗き込むようにして様子をうかがっている。
「そんなに、分かりやすいかな?」
「お前、正直だからな」
 すんなりと肯定されてしまい、自覚はあったが少なからず炭治郎の中には衝撃が走った。
 その様子に善逸は再び苦笑しながら、身体を炭治郎の方へとそっと寄せる。
「一晩中、舞うんだろ? 俺、見てることしか出来ないけど応援してるからさ」
 照れくさそうに微笑む善逸の姿に、炭治郎は心底勇気づけられた。これほど心強い励ましはない。
 舞うのは一人きり、いつもの家族たちの姿もないが、もう不安も無駄な緊張も一切が消え去った。
「ありがとう善逸。精一杯舞うから、見守っていて欲しい」
「もちろん」
 屈託のない笑みを浮かべて応える善逸に、炭治郎はほっと胸を撫で下ろす。
 名実ともに味方を得て、今の炭治郎は無敵にも等しい心強さと共に立ち上がった。
「そろそろ行ってくるよ」
 炭治郎の姿を見上げて善逸はゆっくりとひとつ頷く。
「おう、いってらっしゃい」
 送り出す言葉と愛しい笑顔に背中を押され、炭治郎は歩き出した。
 
 
「慶び、舞を奉ずるに」
 
 年の最後の太陽が沈んだ。産屋敷邸の大きな庭は、いつもとは違う荘厳な気配に包まれていた。
 日頃は産屋敷家の当主とその家族への敬意から生まれる、あたたかくも緊張を帯びた空気が流れている。しかし今日ばかりはそうではない。
 その荘厳さは神事の前ぶれ、ここでは年のあける夜中から一晩かけて炭治郎がヒノカミ神楽、その舞を奉納する予定になっていた。
 周りには限られた者だけが入ることを許され、柱と産屋敷家の者そして善逸と伊之助のみの姿があるだけだ。部屋の奥には禰豆子の入った背負い箱が置かれ、彼女もその中にいた。
 本当にそれだけしか人の姿はない。知らされていないのだ、神事ゆえに見せ物にするのは良くないだろうという配慮だった。
 部屋の奥、そのさらに奥に舞を奉納する炭治郎が今は控えている。
 見守る人々の視線も表情も様々だったが、伊之助は退屈そうな様子で、善逸は期待と不安の入り混じった面持ちで、炭治郎が姿を現す瞬間を待っていた。
 
 年のゆく少し前、部屋の奥から炭治郎が姿を現す。赤を基調とし黒と黄色で装飾の施された美しい衣装を身にまとい、手には祭具である枝刃のついた宝剣を持っていた。顔を布で隠した姿は炭治郎であって炭治郎でないようにも思える。
 あたりは松明の炎で明るく照らされ、まるで別世界にいるかのように錯覚させた。
 新年の鐘が鳴る。煩悩を打ち消す音と共に炭治郎の舞が静かに、そして厳かに始まった。
 円を描くように両手に握った祭具を振るうところから始まり、最後には祭具を振り下ろして素早く振り上げるまでの一連の舞は力強く、そして美しい。
 その場にいる誰もが食い入るように舞を見つめていた。しかし善逸だけは、まるで魅入られてしまったかのようにただ呆然と、炭治郎の舞をただ見つめている。
 それは似ているようでいて、全く異なる状況であり、時間が深くなってくるとその差は歴然だった。
 舞が繰り返されるなか、一人また一人と襲いかかってくる睡魔と戦い続けているが、善逸だけはそんな様子は微塵もない。
 ただただ食い入るように見つめる姿は異様ですらあったが、それでも容赦なく時間は過ぎ去る。
 初日の出を拝む頃合いに、無事に炭治郎の舞の奉納は終わりを告げた。
「おい、紋逸」
 善逸は伊之助の呼び声にはっとする。
 確かに炭治郎の舞を見守っていた記憶はある、だがその実感は伴ってこないというなんとも不思議な感覚だった。
「紋治郎のところに行かなくていいのかよ」
 続く伊之助の言葉に、行くとだけ短く答えながら善逸は、小走りでいましがた炭治郎が入っていった奥の部屋へと向かう。
「炭治郎!」
 飛び込んだ部屋の中には、顔を覆う布を取り払い装束を緩めてへたり込んだ炭治郎の姿があった。
「お疲れ様」
 疲労がはっきりと見て取れるほどの炭治郎の姿に、安堵の気持ちを抱きながら善逸は微笑む。
「善逸。ありがとう、見守ってくれていたんだな」
「約束したじゃん」
 善逸のことを見上げながら、約束を果たしてくれていた彼に炭治郎は感謝の言葉を述べた。当然のことだという風でありながらも、善逸は少し照れくさそうに視線を逸らす。
「善逸、こっちに来てくれないか?」
 炭治郎が善逸に対して手を伸ばした。その手は善逸を求めてやまない炭治郎そのもののようで、愛おしさを感じる。
「うん」
 素直にそう応えて善逸は、伸ばされた炭治郎の手に導かれるように彼の隣に腰を下ろした。
「来てくれてありがとう」
 柔らかな笑みを浮かべる炭治郎の表情には、やはり疲労の色が滲んでいる。
「それはいいんだけど、しんどいならお前……無理しなくても……」
「大丈夫、大丈夫だから……一緒にいて欲しい」
 炭治郎はそう言うと、珍しく甘えるように善逸に身体を寄せた。
 

「慶び、舞を納めしを」
 
 新年を告げる舞は日の出と共に終わりを告げた。舞を続けた炭治郎は、すっかり疲労困憊という様子で奥の部屋でへたりこんでいる。
 そんな炭治郎をねぎらうべく善逸が、彼の控える部屋を訪れることで、彼の中で何かが変わった。
 疲れで頭が回らなくなってしまっているのだろう炭治郎は、珍しく自制心を失い欲望を前面に押し出しながら善逸を自身の隣に呼ぶ。
「善逸、こっちに来てくれないか?」
 言葉と共に目の前に立っている善逸へと手を伸ばすと、躊躇を見せながらも「うん」と肯定の言葉を口にしてから、すとんと炭治郎のさす場所へと収まった。
「来てくれてありがとう」
 炭治郎の声にも表情にも疲労が滲んでいたが、それ以上に満足かと喜びを帯びている。それでも疲れを感じ取った善逸が炭治郎に向ける視線は、気遣わしげだ。
「それはいいんだけど、しんどいならお前……無理しなくても……」
「大丈夫、大丈夫だから……一緒にいて欲しい」
 懇願し、甘えるように隣に座る善逸へと身体を寄せた炭治郎は、そのまま体重を預ける。
「たん、じろ……」
 名前を呼ばれても返事をすることなく、肩に頭をすり寄せてちらりと向ける赫い視線は、満足の気配を映していてこの行動を止めることが忍びなく感じさせた。
 すると炭治郎は、善逸へ身体を寄せるだけでは足りなかったのか、首元から耳にかけて雨あられの如く口づけを降らせはじめる。
「ひゃ、んあ……たんじろ、待って……」
 善逸は必死に言葉を紡ぐが、やはり炭治郎が聞き届けることはない。
 耳元にあった炭治郎の口から熱を帯びた息が吐かれる。善逸の全身がぞわりとした感覚とともに、炭治郎の吐く熱に染まっていくのがわかった。
「だめ、たんじろぉ……止まってよぉ……」
 そう口にしながらも善逸の身体はびくびくと震えていて、言葉とは相反した動きを止められない。
 炭治郎はそんな善逸の様子を見つめながら口角を上げ、耳の中に舌をゆっくりと入れる。善逸の身体が小さく跳ねるが、それで止まる炭治郎ではない。
 耳の中を舐め上げ、舌を奥へと押し込んでいく。
「やだ、それ、やだやだやだ。頭の中がおかしくなっちゃう……」
 煽るような善逸の言葉が、炭治郎の行為をさらに加速させて止まらない。ぐちゅぐちゅと耳の中で鳴る水音が、善逸の全身をさらに震わせて加速する。
 されるがままの善逸と、欲のままに味わう炭治郎、この状況がしばらく続いた。
 そして、身を硬くし続けていた善逸はとある音に気づく。寝息、だった。
 やはり疲労には勝てなかった炭治郎が、善逸の耳元に顔を寄せたまま、眠りに落ちていたのだ。
「だから、言ったのに……」
 呆れた様子でぼそりと呟きながら、善逸は炭治郎の身体の重みとぬくもりを噛み締める。新年を迎えると同時にやってきた大仕事を終えたのだ、少しくらいは多めに見てやろうと思ってはいたのだが、思いの外やりたい放題されてしまった。
 善逸はそれでも、仕方がないなと笑いながら、炭治郎に身体を預ける。互いが互いを支え合うような形になり、善逸もまた眠りの世界への招きを受けていた。
 耐え難い眠気に微睡みながら、炭治郎のぬくもりを確かに刻む。それはそれは、幸せな瞬間だった。