鮮やかに咲き乱れるひまわりたちはまるで太陽のようだ。
地面を太陽で埋め尽くし、光り輝くものへと変える。
それはまるで、異界へと繋がる扉のようでもあった。
命あるものはそこでの存在を許されず、美しいものというよりは恐るべきものというべき場所が広がっている。
どんなに小さな動物でも、どんなに大きな動物でも例外はない。
そして同時に妖しく、それでいて美しく生き物たちを誘うのだ。
「こんなところに、ひまわりなんて咲いてたっけ……?」
異質なひまわりにオスカーが目を奪われたのは、ある意味では必然だったのかもしれない。
引き寄せられるようにして、ひまわりの群生へと近づいていく。
それはオスカーの身長を超えるほど大きく育ったひまわりの群生だった。
ひしめき合い、煌めくような鮮やかな黄色を放つそのひまわりは、美しく快活な印象を受けるものだが同時に妖しくオスカーのことを引き寄せる。
「あ、れ……?」
動く足が止まらない。
止まらなければ、このまま進まない方がいいのでは。
そんなふうに思いながらも、オスカーの足はやはり止まらない。
動き続けてひまわりの群生の中へと入り込んでいく。
自身の身長を超えるところから見下ろしてくるひまわりは、外から見るよりもずっと妖艶で目を惹かれるものだ。
──ああ、この先にはもっと美しいものがあるのだろうか。
足を止めようと思っていた意識は消え、奥へ奥へと足がむき続ける。
『オスカー!』
──誰かの声がする。
『いかないで、帰ってきて』
──キミは、誰?
『僕を置いていかないで』
──ごめんね。キミが誰か、わからないや。
オスカーは声の方へ一度振り返るが、その瞳には光はなく。もうそこに、意思はなく。
「いかなくちゃ」
その言葉を残して、彼は鮮やかなひまわりの中へと消えた。
──そんな夢を見た。
ミオはゾッとして飛び起きる。とても嫌な夢だ、現実であって欲しくはない。
だがその不安は現実のものかもしれないと、嫌な予感にとらわれる。何故ならいまここにオスカーの姿はないからだ。
昨晩、珍しく帰りが遅いオスカーを待てずに眠ってしまったミオだったが、眠りに落ちる前は目を覚ませばオスカーの姿はここにあるはずだと思っていた。信じて疑いもしていなかったのだ。
しかし、実際に彼の姿は無い。
加えてあまりにも不穏な夢は、ミオをただただ不安にさせる。このことをどこかに相談すべきだろうか。
そこまで考えて、まずはオスカーに連絡を取る努力から始めるべきだと思い至る。
慌てて枕元の自身の端末を手に取ると、オスカーの連絡先を呼び出してみるが不通だった。メッセージを送ってみても、既読の印はつかない。
どこかで眠っているだけならいいのだが、そんな風にはどうしても思えなかった。
そうしている間にも時間は無情に過ぎていく。
──どうしよう、どうして連絡がつかないの。
ミオは不安に押しつぶされそうになりながら、苦しげに息を吐いた。やはり誰か、どこかに相談した方がいいのではと思って、最初に思い浮かべたのはオスカーと二人で時々訪れる喫茶店の店主の顔だ。
どうして彼を思い浮かべたのかは分からない。ただ、もしかしたら、何かが変わるのではと小さな小さな期待を胸にミオは件の喫茶店へと足を向けた。
週末の街は少し普段と様子が違う。慌ただしさよりも賑やかさの方がまさり、休みを満喫する人々の弾む気配に満ちていた。
そんな街中をミオは必死に駆けていく。ない体力をふりしぼり、一心不乱に目的の場所へと向かった。
喫茶店にたどり着いたとき、ミオの息はすっかり上がって疲れ果ててはいたが、開店を知らせる「OPEN」の小さな看板にほっと胸を撫で下ろす。
藁にもすがる思いで扉を開くと、いつものようにのんびりとした様子の店主──恒人の姿がそこにはあった。
「いらっしゃい。お、珍しいな……一人か」
恒人の声にほっとする。しかしすぐにオスカーのいない不安に再び襲われ、うっすら涙ぐみながら口を開いた。
「あの、えっと。オスカーがいなくなっちゃったんです」
「は?」
「昨日から帰ってきてなくて……僕、変な夢を見て……怖くて……」
恒人は唐突なミオの話に目を丸くするが、それを邪険にするでもなく話を逸らすでもなく耳を傾ける。そしてひとつ頷いてから、口を開いた。
「それもしかすると解決出来るやつがいるかも」
「え……?」
想像もしていなかった言葉にミオは驚きを隠せない。
恒人の方はそんなミオの様子に言及することはなく、ただ静かに店の奥へと視線を向けてからミオに「こっちきな」とだけ声をかけてカウンターから出てきた。
ミオが首を傾げながらついて行くと、店の奥の座席の前に連れてこられる。そこには先客がおり、ぼんやりと空を眺めていた。
「八雲」
恒人が呼びかけるとゆっくりと空から視線を外し、ほんの少し首を傾げてから彼は微笑んだ。
「どうかした?」
「困り事があるらしいんだけど、もしかしたらお前の案件じゃねぇかと思ってな」
恒人がそう言って、そっと前にミオを進ませる。おずおずと八雲の前に立ったミオは恒人に話したことと同じことを伝えた。
「夢、か」
八雲はぽつりとそれだけ呟くと、ミオをじっと見つめる。紺桔梗色の瞳に真っ直ぐ見つめられミオの緊張は高まるばかりだったが、やがて八雲が口を開いた。
「夢について詳しく教えてもらえるかな? それによっては役に立てるかもしれないから」
そう言ってミオに笑いかけてから、八雲は自身の正面の空いた座席をすすめた。
ミオはほっと息を吐いてから、空いた席に腰を下ろす。恒人は近場で二人の様子を窺っていた。やはり、しっかりと顔を認識している人物の動向が心配という話は少なからず心配になるというものだ。
「で、どんな夢?」
単刀直入に問いかける八雲に対して、ミオは言葉を選びながらゆっくりと鮮明に焼き付いたままの向日葵の中へと姿を消すオスカーの夢を語る。
最後まで語り終えると、ミオの瞳には涙が溢れた。夢の中のオスカーの表情はあまりにも色がなく、瞳は何も映していないのだとわかってしまったことが辛かったのだ。それを受け入れたくはないが、少なくとも夢の中のオスカーはミオに対してどんな感情も抱いておらず、それどころかミオのことを一欠片も覚えていないように思えた。それが悲しくてたまらなかった。
「泣かなくて大丈夫だよ。それなら力になれそうだ」
目を赤くしているミオに対して、八雲は微笑む。笑みと共に発せられた言葉は、ミオに驚きと安堵を与えた。
同時に、恒人にもまた驚きを与える。
ミオの話を聞き、八雲のことを思い浮かべたのは他ならぬ恒人ではあったが、まさかここまであっさりとそしてすんなりと解決の可能性が見えてくるとは思いもしなかった。
ただただ純粋に驚きであり、ミオの話のみでここまで判ずるに至れる状況は感動的ですらある。
「一度調べてみるから、少しだけ時間をくれる? 連絡……はこの店に入れるようにするから、出来るだけ店にいてね。いいよね、恒人?」
急に言葉を向けられて恒人は驚きに目を見開くが、それが一番無難な落とし所であろうことは確かだ。
「それは全然鎌わねぇけど」
返す言葉を受けて八雲は薄く微笑む。
「じゃ、よろしくね」
八雲は席を立つとそのまま店を後にした。
──大体のことは確認できたよ。
そう恒人の店に八雲から連絡が入ったのは数日後のことだ。
毎日やってくるミオは不安げで顔色も悪くなる一方というなかであったため、恒人としてはただただ安堵する。
ほとんど店に入り浸る状態が続いていたミオの座る正面に、八雲が腰を下ろした。
「待たせてしまって、ごめんね」
「……あの、全然オスカー帰ってこなくて」
八雲の姿を見るなり、ミオは必死に訴えかける。もうここしか言える場所がない、どうすることも出来ないという苦悩がありありと感じられた。
「うん。だからこれから、助けに行こう」
きっぱりと八雲は言う。その言葉はミオを唖然とさせ、様子を見守る恒人すらも呆然とさせた。
「……僕も?」
「そう。一緒に」
何度も目を瞬かせてミオは疑問の色を隠そうともしない。自身が関わることになろうとは思いもよらなかったのだ。言ってしまえば、八雲に依頼をした時点であとはもう任せるしかないと、自身に出来ることは無くなってしまったのだと、そう思っていた。
だからこそ、こんな形になろうとは考えにも及ばなかったと言える。
「僕は……邪魔に、なりませんか?」
これは純粋な疑問だった。門外漢であるミオが八雲の仕事についていくというのは、言葉の通り邪魔になるとしか思えないものだ。
だが、八雲は首をゆっくりと横に振ってミオの言葉を否定する。
「ならないよ。寧ろ、関わりの強い人間からの呼びかけは力になる」
八雲の言葉を聞きながら、ミオの脳裏には夢にみた光景が蘇った。夢の中のオスカーはまるでミオのことに気がつきもせず、光のない瞳で「キミのことが分からない」と半ば拒絶に等しい様子だったのだ。
「……僕が呼んでも、もう応えてくれないかも」
不安に目を伏せながらミオは小さく呟いた。だが八雲はそれえおきっぱりと否定する。
「大丈夫。彼は必ず応える」
確信めいた八雲の言葉にミオは伏せた目を再び上げた。
「……どうして、ですか?」
「所縁のある人間同士の縁って、そんな簡単には失われないものだよ」
そう言って八雲はほんの少し口角を上げる。
「それに、君たちはお互いを大切に思ってる。俺が見てるだけでそう感じるような間柄なんだから、それが簡単に消えてしまうなんてことは起こらないよ」
消えない縁、繋がれた絆についてを語る八雲はほんの少しだけ目を細めた。それは憧憬なのか羨望なのか、はたまた別の何かなのか。その感情は読み取れない。
「夢にみたことを気にしているんだと思うけど、大丈夫。それは現象の影響を受け過ぎているというだけだから。ずっと続くわけじゃない」
次いではっきりと告げる八雲の言葉は確実にミオに希望を与えた。
「それに……そんな状況を変えるために俺がいるんだよ。絶対にミオくんの声を届かせるから、君は絶対に諦めないで。ね?」
穏やかに、しかし確固たる自信を持って八雲は言葉を紡ぎ続ける。そして最後にはにこりと穏やかに微笑んだ。
「……はい」
きっと、いや絶対にオスカーを連れて帰ってくる。ミオの中にはそんな決意がはっきりと芽生えていた。
「あとは向かいながら説明するね。行こう」
八雲がそう言って立ち上がると、ミオも続いて立ち上がる。ミオの表情には決意と緊張が混ざり合って滲んでいた。
道すがらの八雲の説明は平たく言えば、現場へ向かいオスカーに呼びかけるだけでいいというものだ。注意する点としては、諦めないことと八雲のそばを離れないことのみだった。
何が起こるのか、どうなるのか、状況も含めてミオには結局のところ分からないことだらけだ。
「世の中、分からないことに深く触れない方が平和ってことはあるよ」
というのは八雲の言だが、彼は多くを語り状況を説明するつもりは今のところないらしい。それだけは間違いなかった。
その間にも全く知りもしない道を進み、この街にこんな場所があったのかと感心してしまほどだ。全く迷う様子もないまま八雲は道を進む。
ミオははぐれることがないよう必死に歩くばかりだったが、不意に視界がひらけた。
そこにはミオが夢で見たものと全く同じひまわりの群生が広がっていた。
ひまわりというと明るく太陽のような印象を受けがちだが、何故かこの場所のひまわりたちには陰気でそれでいてじめじめとした何かを感じさせる。見た目は何の変哲もないひまわりであるにも関わらず、だ。
「気をつけてね。絶対離れないように」
前を歩いていた八雲がちらりとミオを振り返ると、確認のための言葉を口にする。
ミオははっきりと頷きながら、視線をひまわりの群生へと向けた。
そこには鬱蒼と生い茂る背の高いひまわりたちしか見えなかったが、ここには間違いなくオスカーがいるはずだ。彼を見つけて一緒に帰るんだ、決意を新たにしながらミオは八雲と共にひまわりの群生の中へと進んでいった。
踏み入ってみると目にこそ明るい色が映るのだが、気配そのものは陰鬱さを含んでいる。一度迷ってしまえばたちまち絡め取られてしまいそうな、そんな嫌な気配に満ちていた。
こんなところに一人で迷い込んでしまえば、大抵の人間は絡み取られて逃れることが出来なくなってしまうだろう。八雲のような人間は別だろうが、オスカーはどこにでもいる普通の人間なのだから抗えはしないはずだ。
そんなことを考えていたミオの脳裏にまた、夢の中のオスカーの光と感情のない瞳が蘇る。見たこともない知らない顔、オスカーらしい全ての色が消えて同じ姿をしただけの別の存在とも思えて、その状況があまりにも恐ろしかった。
行かないで、そう思うのにまたあの瞳で見られたらと思うと恐い。
それでも八雲は大丈夫だと、そう言った。今はそれを信じるしかない。それしかないのだ。
必死にミオ自身を奮い立たせつつ、前を行く八雲を見失わないように歩き続ける。
その訪れは唐突だった。
表するならば一帯は虚無の色に満ちている。明るいはずの黄色の大きな花が主張するのは陰鬱。そして恨みという名の呪い。
打ち捨てられ忘れられた苦しみを体現するかのように、花たちはざわざわと大きな花弁を揺らした。
「恨みの花、か」
「恨みの花?」
「そう。ここに咲くのは恨みを宿した花たちなんだよ」
八雲は感慨ひとつなく、ただ淡々と言葉を紡ぐ。
「忘却を恐れ、忘却するものを憎む。それは恨みになってこの地に満ちて、忘却と記憶の感覚が共鳴した人間を引き摺り込んでは望まない忘却に浸して逃さない」
「そんな……!」
「名も忘れられた意識たちが花になってここで恨みを晴らしている。だから恨みの花、なんだって」
八雲がようやく口にしたこの場の詳細に、ミオは息を呑んだ。
そして以前オスカーが話していたことが唐突に思い出される。
『……忘れちゃうのって寂しいでしょ? だから、出来るだけ忘れたくはないなぁ』
オスカーの想いが、この場所の恨みの花と共鳴してしまったのだろうことは想像に難くなかった。寧ろ確信を得てしまった格好になり、ミオは不安に身体を小さく震わせる。
「ミオくん、大丈夫?」
「あ……ええと……」
ミオの変化を敏感に感じ取った八雲が、足を止めて振り返る。はっきりと不安の色を表情に浮かべたミオの姿に八雲は「何か、思うところでもあった?」と穏やかに尋ねた。
「……前にオスカーが、記憶というか……忘れてしまうということについて話していて……だからここに、来ちゃったのかな……って」
「そう……」
ミオの言葉を八雲はただ静かに受け止める。そして穏やかに微笑んだ。
「大丈夫、さっきも言ったけどミオくんの声にオスカーくんは応えてくれるから。まずは信じないと」
そう、不安になっていても始まらない。オスカーが戻ると信じて、やれることをやるしかないのだ。
「……はい」
ミオの返事に八雲は頷き、再び歩き出す。さらに奥へ、恨みと嘆きの中心へ足を進めた。
その場所には一際大きなひまわりが咲いている。気配はますます重たく、勝手に入り込んだ八雲とミオを非難するように大きく揺れた。
ざわざわ、揺れる音が大きく響く。ここは外で、壁などもないはずなのに花々の揺れる音はまるで反響しているかのように大きく響いた。
八雲がミオを庇う格好で前に立ち、大きなひまわりを見据える。
「いた」
大きなひまわりの下、大きな葉の中にオスカーは立っていた。ぼんやりと焦点の定まらない瞳には光がなく、表情そのものにも活力は全くと言っていいほどにない。
「オスカー!」
ミオの声にオスカーはぴくりともせず、代わりにひまわりたちがオスカーを囲い込むように伸びる。
「あ……っ」
このままではオスカーに声が届かなくなってしまう、そんな不安からミオの口からは言葉にならない声がこぼれて落ちた。
「大丈夫、任せて」
八雲はそういうなり腰の得物に手を伸ばす。するりと指先が柄を撫で、その次の瞬間にはひまわりたちは地面へ落ちた。
ミオは一瞬にも満たない間に起きた出来事に目を白黒させるばかりだったが、それでもオスカーの姿を目にして弾かれたように口を開く。
「お願い、気づいて! オスカー、一緒に帰ろう?」
必死にミオは言葉を紡ぎ、手を伸ばした。
相変わらずオスカーの瞳には光が戻らない。このまま強引に連れ帰ることも出来るのだろう。だがそれでは何の意味もない。
オスカー自身を取り戻し、一緒に帰らなければここに来た意味も理由も失われてしまう。何よりオスカーをこのままにするということそのものが、ミオにとって耐え難いものだった。
「オスカー、お願いだよ……こっちを見て、気づいて……」
ミオの不安げな声にオスカーが小さく身体を震わせる。
八雲は伸び続けるひまわりたちを斬り捨て、刀を納め体制を整えながら声を張った。
「聞こえてるよね、分かってるはずだよ。あとは君次第、大事な人にこれ以上辛い思いをさせたくないなら」
再びオスカーにひまわりの花たちが迫る。八雲は再び刀を抜いて斬り払いながらさらに声を発した。
「目を覚ませ」
八雲は淡々と、しかし鋭く言葉を紡ぐ。
「オスカー!」
ミオもまた必死にオスカーの名を呼び、手を伸ばし続けていた。折れそうになった心をもう一度支えてオスカーに呼びかける。
オスカーの身体が再び震えた。するとこれまで全くあわなった焦点が定まり、オスカーの視線とミオの視線が交錯する。
「……ミオ?」
光の戻った瞳でオスカーは真っ直ぐに、ミオのことを見つめていた。
「オスカー……よかった」
ミオは瞳に涙を浮かべながら微笑む。オスカーは状況を飲み込むには至っていない様子で、何度も瞬きを繰り返した。
「今のうちにそっちへ走れ!」
八雲がオスカーの近くのひまわりたちを斬り払いながら鋭く声を発する。
「は、はい!」
弾かれたようにオスカーは駆け出してミオのいる場所まで向かうと、そのまま飛び込むようにしてミオを抱きしめた。ミオもまた飛び込んできたオスカーを抱きしめる。
ひまわりは大きくうねり、オスカーを取り戻そうとこの群生全体がざわめき揺れた。
「させないよ。君たちの恨みはここでおしまい」
言葉を紡ぐが早いか八雲は一閃のもとに大きなひまわりを斬る。するとひまわりの群生は断末魔を発しているかのように大きくまた揺れ、急速に枯れ落ちた。
オスカーとミオは抱きしめあったまま、ひまわりたちの最期の瞬間を静かに見守っていた。
「無事で良かったな」
事の顛末を聞き終えた恒人が、オスカーに笑顔を向けた。
オスカーもまた笑顔でそれに応えて口を開く。
「心配かけちゃったし、いろいろ……ごめんなさい。あと、ありがとう」
「こうして無事に帰ってきたんだ。それで充分だよ」
「本当にちゃんと一緒に帰って来れて良かった。それで、あの……」
ミオはオスカーに笑顔を向けてから、おずおずとした口調と共に八雲へと視線を向けた。
八雲はいつものように座席に座っていたが、その視線ににこりと微笑み「無事で何よりだよ。どうかした?」とミオの方に視線を向けてから首を傾げる。
「お金とか……」
「ああ……そうだなぁ……」
ありありと困惑をたたえたミオが尋ねると、八雲は少し考えてから「この喫茶店、これからも贔屓にしてね?」といって笑った。
八雲の言葉にオスカーとミオは驚きながら視線を合わせる。最初から代金をもらうつもりはなかったらしい八雲は、ただただ微笑みを浮かべるばかりだ。
「い、いいんですか?」
「うん」
「けどそんな……」
「うちとしては、客がついてありがたいけどなー」
困り果てているミオに恒人が声をかけつつ笑う。
「気になるなら、八雲に一品奢るとかでどうだ?」
続けられた恒人の言葉に、またしてもオスカーとミオは驚きに視線を合わせる。
どうやらこの大人たちはどうあっても料金の支払いをさせないつもりらしい。
「それならオムライスがいいな」
オスカーとミオが目を瞬かせている間に、八雲と恒人が軽口を交わす。
「じゃあ、とっておきのオムライスにしてください!」
先に割り切ったオスカーが恒人に対して要望を口にすると、恒人が満足そうに笑った。
「おし、じゃあ特別なやつにすっか」
恒人が店の奥へと戻っていくのを見送ってから、オスカーとミオが八雲に「ありがとうございました」と口々に感謝の言葉を紡ぐ。
「どういたしまして。気にしなくていいよ」
八雲は笑って当たり前のように言葉を返した。
今日もこの店はいつもと変わらず、穏やかな時間が流れている。
