この世界は色褪せた写真のようだ。
まるで現実の実感がない。傍観者として世界を俯瞰しているような感覚。
幼い日からずっと、ずっと、この感覚がついてくる。消えることも、消える気配も何もなく。ただただずっと全てが遠い。
そもそも当事者であったと思えたことなどあったのだろうか。
いつも全ては兄へ向く。いつも全ては自分を通り過ぎる。
自分はいつも兄と兄を取り巻く世界を見つめる傍観者だ。それ以上でもそれ以下でもない。
だってそれが真理だ。そう思って生きてきた。
いつだってとんでもない兄は世界の中心に立っていて、自分はその取り巻きなのだ。
悔しいと思ったこともある、辛いと思ったこともある。けれど、結局は叶わないし手の届かない別の世界の出来事。そう思えば、少しはマシに息ができた。何とか生きていられた。
人生の主役は、それぞれの人生を歩む人だと聞いたことがある。
オレはその類の話を聞くたびに思うんだ。
──そんなのは嘘だ、と。
だってオレの人生でオレが主役だったことは今まで一度だってない。表舞台に上がったことなんてない。
どんなことだってオレのことを素通りしていく。オレの居場所なんてどこにもない。
誰も手を下さない、けれど確実に死にゆく。落ちて、堕ちて、おちて、それでも世界は回っていて逃げることは許されない。
人並みの幸せって奴を望んでみても、人並みって何だろうと壁にぶつかる。
自分より大変な想いをしている人間はたくさんいるだろう、当然だ。
生きることについては何不自由ない。生きていくことに制限されるもののない自分は、きっと幸せな部類だ。
わかっている。
だからこそ、この人生は苦しい。この人生は悲しい。
だから見つめることをやめるんだ。当事者になんてなりたくもない。
この世はまるで牢獄だ。それも緩やかに心を殺し、身体を生かす生き地獄。
牢獄は大きく広くどこまでもいけるようで、オレを閉じ込めて逃してはくれない。
自分の人生から逃げ出すことを許さないし、目を背けることすらさせてくれない。
ただただ、生きることを見つめることを強いられるばかりだ。
許されるのは見つめる方法、その一点。
だからこそ、もう傷つかなくていいように、もう苦しくなくていいように、自分を遠くに追いやった。
そうすることしかできなくて、そうすることでしか、オレの中身を守れない。
本当は逃げ出して消えてしまいたいほど嫌いなこの世界と、関わることを強要されるなら最低限に留めたかった。
去れぬこの場はただの牢獄、麻痺していく心もまた救いに思えた。
世界と関わることは、苦痛に変わる。
一人離れて浮かべる沈痛さは、どうやら他人の目にも色濃く映ってしまったらしい。
それによって一人の人間を引き寄せた。あいつは言った。
「どうしてそんな辛そうにしているの?」
そうか、オレは辛そうにしていたのか。ただ衝撃を受けた。
これではいけない。このままではいけない。
良かれと思った人間は、オレという人間に触れる。触れられることを拒絶するオレは恐怖と焦りに駆り立てられる。
頼むからこないでくれ、何度も何度もあいつに願った。あいつに向けて祈り続けた。
あいつはいい奴だ。それ故に心配を口にし、伝えて、手を差し伸べる。
嗚呼、こんな人ともっと早くに出会えたら。
そう思いながらオレは笑う。すると、不安そうな言葉はオレに向かなくなった。
それでいいと納得して、他ともこれ以上関わらなくていいように、人間の中に紛れた。
人間を隠すのは人間の中が一番だ。加えて笑顔を浮かべておけば、人間の中にあっても傍観していられるだろう。
実際その通りで、存在が希薄とも言える状況を作り出しオレは平穏を取り戻す。苦痛を受けたことを押し除ける。
自分の存在も言葉も大した意味なんてない。何かをすることは無駄と徒労の積み重ねだ。
真綿で首を絞め、じわりじわりと死へ向かう。それだけ。
──ほんの一瞬でもいい。オレにオレだけの意味をください。
そんな空虚な贅沢を願った日は無為な過去。
ただ、助けたいと願い祈ったことだけは、嘘じゃないと信じたい。
