射抜く赤は死神の色

──ばちん、ばちん!
嫌なラップ音が鳴る。それは誰の耳にも明確に届き、この場を不穏な気配に染めていった。
「左雨さん!」
「分かってる、予想通りってことだよね……っ! 和真はそこで待機、いつも通り他の奴らをこっちに来させないで」
「了解です」
街の路地裏、薄暗い場所ではあるが一通りのある場所からはほど近い。はっきりと響いた大きなラップ音は間違いなく道行く人達から視線を向けられていた。
「すみません、作業中です」
和真は声をかけながら、道行く人々の興味の先を塞ぐ。苦笑を浮かべ頭を下げる和真の姿を見て、人々の興味は削がれていった。作業だったのかと妙な納得を覚えつつ、やがて人は散っていく。
その間にも和真が閉ざした奥の道からは大きな音が響いていた。
狭い路地、建物と建物の間隔は狭く行孝の大きな動作とは相性が悪い。
ラップ音を響かせた主たる異形は姿を見せず、行孝向けて様々なものを鋭く飛ばして彼を牽制する。そこかしこから気配はするのに、本体については全く掴むことも出来ぬままじわじわと体力だけを減らされているのは間違いなかった。
大きな舌打ちとともに行孝の表情が歪む。面倒だとそんな感情がはっきりと滲み出るものだった。
気配から察するに本体は遠くない場所にあり、巧妙に身を隠していることは確信が持てる。そんな巧妙さにもまた苛立ちが募るばかりだったが、加えて状況は圧倒的とは言わずとも少なからず劣勢だ。ますます持って腹立たしいばかりだった。
ばきりと金属の割れる音が鳴る。ついで空を切る音と共に行孝に向かって何かが飛び込んできた。
すんでのところでそれを躱すと、地面に突き刺さっていたのはパイプらしきものだ。この調子のままでは何も解決しない。
相手方も何を意図してかは不明だが、致命傷を与えようとは今のところ考えてはいない様子で現状は変わらず今のような調子だ。
このままでは行孝が消耗させられるばかりで、不快にして不愉快それでいて不可解なばかりだった。
異形に加虐癖でもあるのだろうか。
そんな不毛な考えが行孝の脳裏を掠めたときだった。
──ばちん、ばちばち、ばちん!
またしても大きなラップ音が響く。
最初の音の出どころと大差ない位置であったため、行孝はすかさずそちらへ足を向けた。
廃墟となっているビルの上層階、音の出どころはどうやらそこらしい。行孝は煩わしそうに階段を数段飛ばしに駆け上がる。
そうしている間にも辺りには小さなラップ音がこだましては、行孝に向けて様々な廃材がらくたを飛ばしてくるのだからたまったものではない。
狭い階段廊下を抜けながら、そして襲い来る全てを躱し叩き落としながら、行孝はようやっと開けた場所まで到達した。
そこには華奢なまだ幼さの残る若者、のような見た目をした何かが立っている。ただしその存在の気配はあまりに異様で、生き物らしい気配など全くなかった。
「お前だね、今回の首謀者」
行孝がじろりと視線を向けたところで、それはひとつも動じることはなく嗤う。
「気付くの、遅かったね」
「余計なお世話だよ」
ろくに言葉を交わそうともせず、行孝は確信を持って首謀者たる異形に対して刀を抜いた。
「どうするの? 全てが勘違いだったら」
「それはないね」
「どうしてそう言い切れるのかな?」
「少なくともお前は、今の時点で公務執行妨害。で、その物言いと否定のない言動でクロだからね……っ!」
言うなり行孝は真っ直ぐに走り込む。
異形は手をかざして、無数の廃材を操り放った。その全てを躱し、切って落として行孝は異形の正面に立つ。
「それで勝ったつもりかな?」
余裕の声と共に異形が腕を振り上げた。
その瞬間、上から行孝目掛けて廃材が降り注ぐ。しかしそれを見つめた行孝は不敵に笑った。
「そっくりそのまま、今の言葉返すよ」
言葉を返しながら、大振りに足を振り上げると廃材を蹴り飛ばしながら体勢を落とす。
異形を見据える瞳が薄く赤みがかりぎらりと光った。
一瞬、異形の動きが止まる。
「あんなので僕に勝てるなんて、思わないでよね」
刀を握る手に力を込めて、行孝は一刀両断斬り捨てた。
大きく息を吐いて、白刃を鞘へおさめると建物の外へと意識を集中させる。建物の窓はもう朽ちてその役割を全くと言っていいほどに果たしていない。その枠の外から小さく、しかし確かに声が届いた。
「左雨さん、どこですか!」
和真の声だ。枠から外を見下ろして「こっち」とだけ声を発する。
行孝の声に反応し視線を向けた和真の表情が一瞬だけかたまった。そして建物の方へと駆け寄ってくる。
「状況は……」
「もう終わったよ」
「そうですか、お疲れ様です」
あの表情は何を見たものだったのか、凍りついたような一瞬に行孝は疑問を抱いた。
一体、何を見ればあんな顔になるのか。
そのことを思案しようと試みてから、どうでもいいことかと放棄した。