「先輩、飲みすぎですよ」
そう嗜めたのは後輩の炭治郎だった。飲みすぎと言われてしまった、先輩こと善逸は、頬を酒の力で赤く染めながらへにゃりと笑う。
「だいじょうぶだってぇ」
返す言葉もまたへにゃりと柔らかいと感じさせる、これがまさに酔っぱらいだと言わんばかりの様子に炭治郎は大きな溜め息を吐いた。
「大丈夫じゃないです」
向かい合った二人の姿は、よくある安い飲み屋だ。どこにでもある、そして値の張らない店は二十歳を迎えたばかりの炭治郎とそのひとつ上の善逸にも敷居が高くない。
そんな店の中で、二人はテーブルを挟んで向かい合っていた。飲みすぎの善逸の目の前に置かれた酒の入ったジョッキを引き寄せながら、炭治郎は水の入ったグラスを代わりに差し出す。
善逸は不服そうに、そして露骨に口を尖らせてみせるがすぐに差し出された水のグラスを手に取って、一気にそれを飲み干した。音を立てながら勢いよく、空になったグラスをテーブルに戻すと善逸はじろりと炭治郎の方へ視線を向ける。
「我妻……先輩……?」
その視線に思わず怯みながらも、何とか炭治郎は声を絞り出した。やっとのことで紡ぎ出された呼び声は、店の喧騒の中に消えていくが善逸の鋭い聴覚には十中八九届いているだろう。
「……」
「何か言って下さい、先輩」
もう一度声をかける炭治郎に、善逸は一転してもう一度笑みを浮かべる。その様子に炭治郎の胸が大きく高鳴り、彼自身はもちろん善逸も驚いて目を見開いた。
「えっ、えっ……今の音なに? 炭治郎」
「なんでも、ないです」
「えぇ~、絶対なんでもなくないだろぉ?」
善逸は少し身を乗り出して、視線を逸らそうと俯いた炭治郎の顔を覗き込む。ばちりとあった視線からは、はっきりと照れの感情が見て取れてどうにも面映ゆい。
「どうして先輩までそんな顔してるんですか?」
「炭治郎がそんな音させるから……だろ」
問い掛けられた言葉に善逸が答える。どう見ても、誰が見ても、この状況はまごうこと無く形勢逆転しているとと言えた。
「先輩、可愛いなぁ」
「男に言われても嬉しくねぇよ」
「でも先輩……」
炭治郎の殺し文句に善逸はふい、とそっぽを向くがソワソワとした様子までは隠せない。そして自慢の嗅覚を働かせながら炭治郎は、善逸の期待と落ち着きのない匂いを感じ取った。
食い下がろうとする炭治郎に、視線を合わせようともせずに善逸はやはり口をとがらせる。
「期待、してますよね?」
「うるせぇよ」
確認のための炭治郎の言葉に対してぶっきらぼうに答えつつも、酒のせいか照れのせいか顔を真っ赤に染めた善逸の声に凄みもなければ、説得力など皆無だった。
