炭治郎は緊張していた。それもそのはず、彼はいま初めて訪れる家の門の前に立っている。
「みんな出掛けてるからさ、遊びに来ねぇ?」と、言われたのはつい先日のことだ。先輩である善逸は、学期末の登校日に声をかけてきたかと思えばそう誘ってきたという訳なのである。
そして今、家のチャイムを鳴らすべく手を伸ばしていた。炭治郎の手は震え如実に緊張を訴えていたが、その手がチャイムにかかる前に家の二階の窓が、がらりと音をたてて開く。そこには善逸の姿があった。
「お、来た来た。すぐ開けるから待ってて~」
そう言うや否やばたばたと音をたてながら、善逸は程なくして玄関の扉を開ける。
「ほら、早く入れよ」
笑顔の善逸に緊張を色濃くしながらも、炭治郎は笑顔を返した。
「お邪魔します」
通された善逸の部屋は、物の多い印象こそあるが小綺麗に片付けられた場所だった。ついつい炭治郎は物珍しい場所を何度も見回しながら、部屋の様子をうかがう。
「何してんの? 座ればいいのに」
ペットボトルを二本掴んだ善逸が、首を少し傾げながら炭治郎の背後に立っていた。
「あ! はい……」
「竈門くん、緊張してんの?」
驚きとともに弾かれたように振り返ると、善逸は首を傾げながらも悪戯の色の滲んだ表情で笑う。
「それは、その……」
あまりの緊張に口の中が乾いてうまく言葉が出ない。
「ごめんごめん」
炭治郎の様子に笑って見せる善逸もまた、いつもよりも硬い表情をしているように思われた。
ペットボトルを手渡しながら、適当に腰を下ろすよう促す善逸に、炭治郎は床にぺたりと腰をおろす。善逸もまた腰をおろして、二人は向かい合う形となった。二人の間に言葉はなく、無言のまましばらく時間が流れる。
「ねぇ、竈門くん」
「はい」
「俺さ……」
口籠ってしまった善逸はもごもごとその口を動かしては何かを言おうとしているが、それは言葉になるには至らない。
炭治郎はその様子を静かに見守る。どんな言葉が発せられるのか、興味よりも恐怖が勝っていたが平静を必死に装い続けた。
「竈門くんのこと好きなんだよね……」
「え?」
「……なーんて! 今日はなんの日か、思い出してみろよ」
茶化したように笑って見せた善逸に促され思い出したのは、四月馬鹿――エイプリルフール――である。しかし善逸が、わざわざそんな嘘をついて驚かす理由があるだろうか。炭治郎は悶々とせずにはいられない。
「エイプリルフール……か」
「そうだよ、だからそんな深刻な顔するなって」
さらに笑って見せる善逸の様子は、どこか切なさを感じさせて炭治郎は堪らず彼を引き寄せた。
「竈門、くん?」
「先輩、俺……先輩のことが好きです。とても、好きです」
「……な、それ嘘……?」
「嘘じゃありません」
されるがままになっている善逸からはありありと困惑の感情が見て取れたが、それを構うことはなく炭治郎は真剣な面持ちで告白の言葉を囁く。
「……俺も、ほんとは嘘じゃない。竈門くんのこと、好きだよ」
そう言ってしがみつくように抱きついてきた善逸の身体は、小さく震えていた。
「俺、嬉しいです。こんな日が来るなんて思ってなかったから」
「俺もそうだよ」
震える善逸を抱きとめながら、炭治郎は喜びを真っ直ぐに言葉にする。同意する善いつの声は今日一番幸せそうな音がした。
