君想う言葉

『お元気ですか』
そう書き出された手紙には、多くの日常についての言葉が踊る。
例えばそれは前にも伝えた友達の喫茶店の話であるとか。例えばそれは最近の仕事の慌ただしさであったりとか。例えばそれは最近体験したちょっと不可思議な出来事だったりとか。
そんな言葉たちが紡ぎ出されていくのは、白く美しい便箋の上だ。

八雲は仕事の合間にいつもの店に寄り、いつもと同じ席へと腰を下ろして手紙を書いている。個人的なことは自宅でやってもいいのだが、結局仕事の事務所と隣り合わせであるためどうにもこうにも落ち着かないのだ。
初めて顔を合わせてからどれほどか。八雲がしたためる手紙の送り先たるルースとはそれなりに手紙やメッセージのやり取りが続いていた。
たまには会いに直接出向いていくこともあり、仕事から始まった付き合いは仕事をすっかりと超えたものになっている。
八雲としては数少ない友人でもあり、貴重な存在でもあった。まさか仕事をきっかけにして友人を得るとは考えもしていなかったが、今では他愛もないことも含めて言葉を交わす仲だ。人の縁とは不思議なものだと八雲は空を見上げる。
感慨深げなその視線はどこか物憂げにも見えて、近寄り難いような視線を集めてしまうような姿はどこか印象的だ。

『俺は元気にやっています』
視線を戻した後に書き添えられる言葉は、美しい形で次から次へと便箋に書き出されていった。
仕事柄、不可思議な体験をすることが多いのだが、最近は輪をかけて不可思議な体験をしていることを付け加えて書き足していく。
その不可思議な体験では、学生の頃から付き合いがある恒人に予想もしていなかったことをすることになったり、あやうく自分の体がおかしなことに成り果てそうになったりしていた。だがそれを詳しく書き添えることはない。
全く知りもしない人間のことを手紙に書かれたところで、読み手を困惑させるばかりだ。それが分からない八雲ではない。
言葉を選びながら手紙を書き連ねて、それなりに量のある手紙を書きあげた。

視線を机からあげると、カウンターには店の主たる恒人の姿がある。
その姿をなんとなしに見つめながら、八雲は小さく微笑んだ。仕事をしている恒人との視線はぶつからない。
それくらいがちょうどいい、と思いながら八雲はただ穏やかな時間をかみ締めていた。