君にだけ教えてあげる(スレミク)

「ミクリオ」
 いつものように二人連れだってイズチの杜を走り回っていたときだった。ゼンライが姿を現し、ミクリオのことを呼び止める。その声に気づいたミクリオは、そのまま真っ直ぐゼンライの元へと駆け寄った。
「なぁに? ジイジ」
「大事な話があるから、こっちにきなさい。スレイ、お主はそこで待っておるんじゃ」
 ミクリオの後ろを付いて行こうとしたスレイをゼンライは先んじて牽制し、スレイは不貞腐れた様子で口を尖らせて全身から不機嫌な気配を隠すことなく表現する。
「ジイジ、なんで俺はいっしょじゃダメなの?」
「ミクリオの大事な話だからじゃ」
「ミクリオのだいじな話なら、俺にとってもだいじな話だよ?」
 さも当たり前のように平然と屁理屈を述べるスレイを、ゼンライはキセルを持った手で静かに制した。
「我儘を言うでない。長い話ではないから少し待っておれ」
「……はい」
 ゼンライの明確な制止を受け入れざるを得ず、スレイは渋々肯定を示すしか出来なかった。しゅんとした様子で視線を下に落として立ち止まるスレイを、ミクリオは何度も振り返りながらゼンライの後に従って家の中へと消えて行った。

「どうしてスレイはいっしょじゃだめなの?」
「それは、これからお前のためだけの真名を教えるからじゃ」
「まな?」
「そう、真の名前じゃ。これは簡単に誰かに教えてはならない」
「どうして?」
「大事なものだからな。本当に大切な者になら伝えることもあるかもしれんの」
「ふぅん……?」
 部屋に入ったミクリオはすぐにゼンライに、いつもとは違うこの状況のことを尋ねてみるが返答は幼い彼が飲み込むにはまだ難しい。それでもゼンライは、ミクリオに尋ねられたことに対して懇々と言葉を重ねた。
「よく聞いておくんじゃ、ミクリオ。お主の真名は…」
 ゼンライはそこまで言ってからミクリオの耳へ口を寄せ、外に声が漏れ出ないように小さく彼の真名を告げる。ぽかんとした表情でゼンライの伝える古代語で構成されたミクリオ自身の真名を聞き、何度も告げられる真名を耳に焼き付けるようにただひたすらに聞き入っていた。

「待たせたの、スレイ」
「遅いよ〜」
 相変わらずしょぼんとした表情を浮かべていたスレイだったが、ゼンライの後ろをついて姿を見せたミクリオに瞳を輝かせる。ミクリオがスレイに駆け寄るのをゼンライは穏やかな表情で見つめながらゆっくりと、家の中へ戻って行った。
「なぁ、ミクリオ! どんな話だったんだ?」
「え……」
 ゼンライの姿が消えてすぐ、スレイは駆け寄ってきたミクリオに遠慮することなく気になっていることを尋ねるがミクリオは言葉を詰まらせる。先程聞いたゼンライの言葉を思い起こしていたのだ。
(かんたんに教えたらだめってジイジは言ってたけど……本当に大切な……スレイなら)
 ミクリオは大きく息を吸うと、あのねと言葉を紡ぎ始める。
「僕の、大事なほんとうの名前を教えてもらったんだ」
「ほんとうの名前? ミクリオじゃなくて?」
「もうひとつの、しんの名前なんだって」
「へぇ!」
「かんたんに教えたらだめだってジイジは言ってたんだけど、スレイになら教えてもいいよ」
「いいの?」
「うん」
 ミクリオはにこりと笑って先程のゼンライと同じように、今度は彼がスレイの耳に口を寄せて聞いたばかりの自身の運命を示す執行者の真名を口にした。