当たり前、だった。
それはずっとずっと当然にそこにあるもので、日常の一欠片だ。家族と言うには距離があり、友と言うには距離が近い。
いつしかそれを“幼なじみ”と称するようになった。正しいのがどうかは分からない。だが、これまで築いてきた関係を正しさで壊したくはなかった。
君の声がする。それは切実なのか、それとも悲しげなのか、あるいは楽しげなのか。
最近聴く彼女の声は今まで聴かなかったようなものも多い。
きっと辛い決断もさせただろう。きっと苦しい思いもさせただろう。
自分と一緒にいることを、それでもよしとしてくれているということが正直に嬉しいと感じずにはいられない。
それと同時にこのままでいいのだろうかと、そんなふうにも思うのだ。
自分と一緒に時間を過ごして、辛いのならばそんな気持ちにはなってほしくはない。
だが、これまで通りに過ごすことができなくなってしまうかもしれないという不安は、どうしようもなく自分のことを苛んだ。
今までの当たり前を壊したくない自分と、もうこれまでの当たり前ではいられなくなってしまったのではないかという心配が、交互にやってきてネガティブな感情だけを胸の奥に刻みつけていく。
けれど、どうしても、今を失いたくないと、そう思ってしまうのだ。
どうしてこんな気持ちになるのか。定まらない曖昧な思いにはまだ名前が付けられそうにない。
それでも、きっと笑ってまた一緒にいられるはずだ。
そう、信じてる。
