雲ひとつない青い空の下、ふわりとそよ風が大地の匂いを運んでくる。スレイとミクリオはそんな、いわばグリンウッドからの加護とも言えるような自然が運ぶ空気を大きく吸い込んで背筋を伸ばした。
「ん~!いい天気だな」
「そうだね、これからの僕らの旅路を祝ってくれているみたいだ」
「ミクリオ、お前そんなロマンチストだったっけ?」
「うるさいな、いいだろ」
正面に立ちながら露骨に口を尖らせてみせるミクリオに対して、楽しそうに笑い声を上げてからスレイは感慨深そうに遠くを見つめる。彼の感覚ではヘルダルフと雌雄を決した瞬間から幾ばくもたたないように思えたが、実際のところあれから気が遠くなるようなーー特に〝人間〟から見れば世代交代が幾度も行われているほどのーー時間が過ぎていた。それをスレイ自身が識っているからこそ、目覚めたばかりで時間は不足していたがそれを補って余りあるほどの感慨深さが彼の中に溢れている。
「スレイ」
そんな様子を汲み取ったミクリオは、その胸中に渦巻いているだろうものを慮りながら、彼の名を呼び笑顔を浮かべた。 そよ風が二人の頬を撫で、すっかり長く伸びたミクリオの髪を小さく揺らす。その様子にスレイは心底満足げな表情を浮かべてから、目の前に立つミクリオに感謝の言葉を告げた。
「君に礼を言われるようなことは、なかったと思うけど?」
「それでも。ありがとな」
再度のスレイの言葉に、ミクリオは言葉ではなく微笑みを返すとともに愛おしそうにその瞳を細める。スレイもまたそんなミクリオへ笑顔を向けた。
これから新しい旅がはじまるのだ。この日をどれほど待ち望んだだろうか、期待に胸を膨らませたミクリオの中でこれまでの記憶が駆け巡った。スレイと共に過ごした日々、友として家族として、そしてライバルとしても共にあった時間は、今のミクリオが過ごしてきた時間の中で相対的には一瞬にも近いものだが、彼自身の中では待ち続けていた時間よりも余程長くそして輝いているものだ。
陪神契約をするときに意地を張り、喧嘩をした時の本音をぶつけあった日もミクリオの中で色褪せることなく思い起こされた。
『オレたちの夢だ』
問いかけに応えたスレイの言葉は、昨日の事のように思えるほど鮮明にミクリオの脳裏に蘇る。
あの日の言葉の通り、これから始まるのは二人の夢に続く旅路でありその夢を追いかけていくものだ。そう考えるだけではやる気持ちが抑えられなくなりそうで、ミクリオはらしくない自分を諌めるように深呼吸をした。
(きっと、舞い上がってしまっているんだろうな……僕は)
待ち続けた存在の帰還と、彼と共に在れる喜びは自身の分析の通り、喜びを通り越した舞い上がり具合だろう。心の中では苦笑しつつも、ミクリオはスレイに気取られていないことを願ってちらりと視線を向けた。
しかし、スレイの視線は全てを見透かすように真っ直ぐミクリオへ向けられている。予想外の状況に思わず後ずさりそうになるところを、スレイはぐいと手首を掴んで引き寄せた。
「離れないでよ、ミクリオ」
発せられた声色も、真っ直ぐに向けられる視線も、その全てが先程までのそれとは全く異質にすら思えるほど別のもので、その変貌ぶりにミクリオは驚きと共に酸素を求める魚のように口をぱくぱくと動かすことしか出来ない。
「スレイ……」
やっと発することが出来たのは、名前をただ呼ぶことのみで次の言葉を紡ぎ出すだけの頭の回転はついてこなかった。もどかしさにミクリオは口をつぐんで視線を落としたが、手首を握っていたスレイの手を振り払う。
驚きに目を見張るスレイのことはお構いなしで、振り払った手を今度はミクリオから掴むと、指を絡めて握りしめた。
「離れるわけ、ないだろ」
視線を落としたままでこそあるが、はっきりと告げたその口調にミクリオの真意が確かにそこにあると感じられる。それをすぐさま感じ取ってスレイは、先ほどよりもより一層嬉しそうに笑った。
「そろそろいくかい?」
「ああ、行こう!」
新しい旅立ちへと促すミクリオの声に、スレイは力強く応じる。二人の気持ちは限りなく晴れやかで、前途に何が待ち構えていようとも打ち勝っていけると言う自身に満ち溢れていた。
ーーさぁ、夢の続きをはじめよう
