其は甘さありし日に

 付き合い始めの三ヶ月程度は、妙に浮ついた日々を過ごしてしまいがちというのはカップルにありがちのことだ。
 どんなに落ち着いていたり、マイペースな人物であろうとも、どこかしらに何らかの変化の一つや二つは現れる。
 それは世間の定説として述べられるものであり、定説と言われるだけあって大半の人には当てはまるというものだった。
 職場の先輩後輩という立ち位置から始まった駿と絵梨香の関係性は、彼らの関わりそのものや事件の中での出来事も含めて所謂カップルというものに昇華されたばかりだ。
 まさしく付き合い始めてすぐ、妙に浮ついてしまいがちな定説に当てはまる時期を今まさに過ごしている。
 とは言っても、第三者的視点において彼らがこの定説に当てはまるのかというと断定はしかねる状況だ。
 何故なら、側から見る分に二人の様子はこれまでと変わり映えのないもののように思われるからに他ならない。
 朴念仁ともとれる様子の駿と、自身のペースを崩さず日々を生きる絵梨香の姿は、まさしくこれまで通りの姿ということが出来た。
 彼らは彼らのペースを全く崩すことなく、日々を送り続ける。この部署にもたらされる仕事をこなし、時には退屈を貪り、変わらない毎日を、だ。
「パイセン、今日も暇ですねぇ」
 自席で端末を操作しながら、絵梨香はいかにもつまらなそうに呟く。
「知ってるだろ、昼間は大体暇だ」
 淡々と駿は言葉を返すが、それはどこか事務的で呆れの感情すら感じさせなかった。
「知ってますけどぉ」
 駿の返しがつまらなかったのか、それともただ己の感じるつまらなさに辟易としているのか、絵梨香は口を尖らせながら端末から視線を上げる。
「今日は依頼や指示の様子もない。定時で上がれるんじゃないか?」
 絵梨香の様子を横目で見ながら、駿はぼそりと呟いた。それは魅力的で期待の存分にこもった言葉でもある。
 その言葉を聞いた途端に絵梨香の表情はきらきらと輝き始め、輝いたその視線はまっすぐに駿の方へと向けられた。
「パイセン、今日一緒に帰りましょ?」
 それは以前からたまにあった誘い文句。
 かつては他意もなく──少なくとも、駿はそう捉えていた──口にされていたその言葉は、今では少し趣が違う。
 側から見てもわからない、二人の間でだけ変わったその趣は、デートのお誘いという奴だった。
「ああ、わかった」
 ここに静かに誘いが実る。互いに一瞬、微笑みあった。
 
 
 
 今日の彼らはすこぶる幸運だ。
 緊急の対応依頼が入ることもなく、それ以外に何か仕事が舞い込むことはなかった。
 つまり、想定から変更が発生することはないままに、仕事の終了の瞬間にたどり着くことができたのだ。
 建物の外、夜の街へと向かう道には駿と絵梨香の後ろ姿が映る。
「あ〜外がまだ明るい〜」
 大きな伸びをひとつしながら、絵梨香は声を弾ませた。
「そうだな」
 駿はいつもと変わらない様子のように見えたが、表情は普段と比べると格段に柔らかなものを浮かべている。
「パイセン……駿。手、繋ぎましょ!」
 普段とは違う呼び方にあえて変えてから手を差し出す絵梨香は、満面の笑顔で駿の方へ視線を向けた。
「ん」
 しかし駿は取り立てて照れくさそうにもしていなければ、表情も先と変わらない。それでもしっかりと差し出された手を握り、肩を並べて二人は歩いていく。
「今日は、せっかくだからケーキとか食べに行っちゃいます〜?」
「飯にしなくていいのか?」
「たまにはいいんですっ」
 苦笑しながら尋ねる駿に対して、拗ねたような表情を浮かべた絵梨香はしかしすぐに笑顔を浮かべた。
「それなら、お前のおすすめの店に行こう」
 今度は苦笑とは違う笑みを浮かべ、駿は絵梨香へ言葉を紡ぐ。
「とっておきのお店に案内してあげます♪」
 上機嫌に絵梨香は言って、駿の手をぐいぐいと引いて歩き出した。
 それは真実、幸せなカップルの姿に相違ない。微笑ましく、幸溢れる二人は街の喧騒へと仲睦まじく消えて行ったのだった。