八雲とルースくんに恒人さんを添えて。

前から書きたかった八雲がルースくんに手紙を書く話。

「友に贈る」
空は快晴、見ているだけで気分が良くなりそうな青空が広がる。
そんな空を八雲は窓越しに見上げていた。
彼の姿があるのは、自分の事務所や兼ねられた自宅ではない。事務所の近場にある喫茶店、その窓際の席だった。
机の脇にはコーヒーのカップが置かれ、八雲の正面には飾り気のない便箋がある。まだ何も書かれていない真っ白な便箋を前に八雲は小さく唸った。
握っていたペンの頭を顎に当て、どうやら言葉がうまく出てこないらしく少し口を尖らせている。
彼はただ困っているだけなのだが、側から見るとどうにも絵になってしまうのは可笑しなところだ。しかし本人は至って真剣に書き記す言葉を悩んでおり、窓の向こうの空の如く晴れやかな気分とはお世辞にもいえなかった。
八雲は筆不精な方でこそないが、かといってまめという訳でもない。
仕事上の付き合いにおける手紙であれば、定型の句を並べればそれなりの見栄えがする。
しかし今、八雲が頭を悩ませている手紙の送り先は彼の友人だ。
少し前に事件捜査に協力してもらったFBI所属のルース、彼とは今では個人的な付き合いをするに至っており八雲の大切な友人である。
そのルースに手紙をしたためようとしている訳なのだが、いざ文字にしようとするとどうしたらいいものかと思い悩んでしまうのだ。
八雲は大抵のことはそれなりにこなす。だが、それなりにこなしてしまえるが故にある程度深い間柄に発展する人間関係が少なかった。加えて神来社の家の特殊性が加わって、友人と呼べる存在との付き合いはかなり限定的なものに留まっている。
大半の人間は八雲に対して萎縮してしまうのだ。
その点、ルースはそういったしがらみとはかけ離れている。それこそが今の関係を築くことに成功した理由と言えた。
だからこそ、この稀有な例外事例に対して八雲は一般的な対応を取りきれずに思い悩んでいる。というのが現状だった。
「はぁ……」
自然と八雲の口からは大きなため息がこぼれて落ちる。
「どうしたんだ?」
頭の上から問いかける声がかかった。八雲が顔を上げるとそこには、学生時代からの友人であり喫茶店の店主でもある恒人が立っている。
手にはオムライスのプレートが乗っていて、彼が得意とするケチャップアートによって可愛らしい猫が描かれていた。
「うん……友達に書く手紙、何書こうかなって思って」
「深刻に考えすぎだろ」
恒人は笑って机の端の方へオムライスのプレートを置くと「気負わず書きたいこと書けばいいじゃん」と言葉を続ける。
「書きたい、こと……」
言われた言葉を八雲は反芻し、思案する様子でぼんやり空中を見つめた。
その様子でしばらく止まっていたが、やがて納得したらしく一つしっかり頷く。
「ありがとう、書ける気がしてきた」
八雲は恒人のことを見上げながら笑顔を浮かべた。
便箋をよけ、ペンを置き、目の前にオムライスを引き寄せる。その瞬間に八雲の瞳は輝いた。
「今回の猫も可愛いな」
「そうだろ? 自信作だから」
笑顔を向けあってから、八雲は丁寧な所作で手を合わせ「いただきます」と声をきっちり発して食事を始める。見た目よりも少し幼く感じられる笑顔で、満足げに微笑んだ。

 

食事を終えた八雲は再びペンを握って便箋へと向かう。
食事前までの苦戦がまるで嘘のように、するするとペンが便箋の上を滑っていった。
『この前は色々助けてもらって、本当にありがとう。
仕事だからというのはもちろんあったと思うけど、来てくれたのがルースでよかったよ。
この前、模造刀を買って帰っていたから手入れ道具もいるかなと思って一緒に入れておきます。
日本のこと本当に好きでいてくれるのが嬉しくて、刀は仕事道具だけど見るものでもあると思っているから、ルースが興味を持ってくれているのがすごく嬉しかったんだ。長く楽しんでくれたらいいなって思っているよ。
また日本に遊びに来てください。俺もそちらに行けたらと思っているのでその時はよろしくね』
そんな言葉を綴って封筒に綺麗にたたんでしまい込んだ。
「ふぅ」
ため息とはまた違う息を八雲は吐き出して、満足そうに空を見上げる。
空は相変わらず快晴だった。

日は経ち青空の下。とある場所に一通の手紙が届いた。
差出人の名は八雲、受け取ったのはルースだ。
ルースは手紙に目を通し、嬉しそうに微笑む。そして同封されていた手入れのための道具を見て日本で手に入れてきた件の模造刀に手を伸ばした。
早速手順の通りに手入れを始めると、八雲の動作を真似るようにして構えてみる。
「やっぱり八雲のようには、いかないな……」
ぼそりと独り言をこぼすと、構えた模造刀を下ろしながら苦笑した。
脳裏に浮かぶのは日本で見た八雲の姿だ。流れるような無駄のない所作、絵になるような構え、それを当たり前に体現する姿だった。
日本にできた新しい友人は、律儀な手紙をルースに届けて純粋に次会う時を待ち侘びている。
それはルースとて変わらない。
──今度は仕事ではなく、休みをとって会いに行こう。
日本という国とその文化をそもそも愛するルースにとって、彼の国を訪れることだけでも楽しく幸せなことではあったが、そこに友人に会うという別の理由が加わった。
日本という国がまた一段と好きになる。
こんな素敵な出会いをくれたのだから。