僕らの過ごす何気のない日常(kmbk)

 今宵の月は大きく明るい。禰豆子にあてがわれた部屋の縁側で、炭治郎は一人大きく美しい月を眺めていた。太陽が空から姿を隠してから、それなりに時が過ぎていたが布団のに横たわる禰豆子の瞼は硬く閉じられたままだ。
 今晩は起きないかも知れない――彼女の様子を見守りながら、そう考える炭治郎の表情は穏やかだ。望んだ理想の形というにはあまりに別物な日常ではあれど、この道はいつか炭治郎の切望するものに続いているだろう。漠然としているが、信ずるに値するものが鬼殺隊には確かにあった。
 穏やかな気持ちを抱き続ける炭治郎の鼻に、すっかり慣れた気配が届く。その気配に続いて板張りの廊下を軋ませる騒々しい音が、とんでもない勢いで近づいてきて、今度はぴたりと止んだ。
「禰豆子ちゃーん」
 大げさすぎるほどの声とともに乱雑に襖が開け放たれ、善逸と伊之助が我先にと競いながら部屋の中へと入ってくる。客というには図々しく押し入ってくる勢いの二人を、炭治郎は笑顔で出迎えた。
 ふと禰豆子が眠っていることに気がついた善逸は、畳を踏む足に力を込め彼女が目覚めないよう気遣うが、一方で伊之助はそのままずんずんと禰豆子の様子には御構い無しで縁側の炭治郎のところまでやってくる。
「俺が! 一番! だ!」
「何言ってんだ! この猪頭っ、今のは気遣いだろ!」
 返し言葉があまりに騒がしく善逸の直前の行動は台無し、水泡に帰すと言って差し支えない。伊之助の方は、あいも変わらずの絵に描いたような猪突猛進ぶりである。
「二人とも今日は遅かったんだな、お疲れ様」
 炭治郎はいつもと変わらぬ声を二人にかけた。
「聞いてくれよ、炭治郎!」
 堰を切ったように早口でまくし立てはじめた善逸と、それを意に解することなく伊之助もまた大声で自身の成果を讃え始める。炭治郎は二人にもみくちゃにされながら、やはり笑顔を浮かべた。
 側から見れば不思議な光景ではあるが、定着して久しい彼らおきまりの姿である。
「うぅ?」
「あっ、禰豆子ちゃん!」
 あまりに騒がしかったのか、それともいつも通りか、禰豆子が起き出してくる炭治郎にへばりつくようにしていた善逸が、一瞬で禰豆子の元へと座り直した。あまりにも明快な手のひら返しだったが、それすらもいつも通りすぎて苦言の一つも飛びはしない。伊之助は少々呆れてはいるがその程度だ
「今日も賑やかだな」
 炭治郎の実感がこもった言葉に伊之助は小さく花を鳴らした。
「おい、紋治郎。腹が減った……」
「炭治郎だよ……困ったな、食事か……」
 何の脈絡もなく発せられた伊之助の言葉に、炭治郎は眉間にしわを寄せる。すると襖の奥から、お食事の用意が整ってございますと、控えめに知らせる声がした。
「よっしゃ~!」
 全力で喜びを表現したかと思えば一目散に駆けていく伊之助と、その様子を見て大慌てで駆け出す善逸の姿に、また炭治郎は小さく笑みをこぼす。これもまた、彼らの中でありがちな風景の一つだった。
 そうして今日も夜は更けていく。