世界は色を変え、鮮やかに輝く

「暗闇に灯るしるべの雷光」
外を知らない、他人を知らない、自分を知らない。
自分は一体何者なのか──その疑問に答えはなかった。
はじまりの記憶は白い天井と殺風景な部屋。親の記憶は失われ、冷たい残酷な世界が広がるのみ。
それが後に友から吹雪と名を与えられ、スノーストームアイシクルとも呼ばれることになる存在の始まりだった。
何も知らず、何も分からず、求められるままに同じことをさせられる。一緒にいたはずの人間たちは一人また一人と姿を消して、その存在は失われてしまった。
残ったのは自分と憧れであり友であり、たった一人心を許した存在だけ。
彼の背を見て、彼の背に守られて、彼に恥じない自分になりたいと思った。
何もない自分だった、けれどそんな自分も誰かの中で意味を成すのならば、こんなに嬉しいことはない。
彼にもらった名前を胸に抱き、自分の能力の象徴ともいうべきしるしを得て、相変わらず不安はあれど、日々を生きた。
憧れの背中だけが救いで、あの雷光だけが信じられたから。
──この道標さえあるならば、きっと頑張れると思った。

 

「色なき世界に光差す」
空を見たことがなかった。
厳密にはあったのだろうが、覚えは全くない。
それほどまでに曖昧で不確かな幼い頃は、色のない地獄だった。
とは言ったところで、当時はその事実が当たり前で状況に対して疑問のひとつも抱くことはなかったのだが。
だからだろうか。憧れが去った施設から自分もまた去るのだと分かった時も、実際に施設を出て外を見たその瞬間でさえ、感慨と呼べるものひとつ持つことは出来なかった。
ただ真っ直ぐに一本だけ果てしなく引かれ続けるレールは、走ることしか求められず振り返ることすら許されない。それは想像した通りの何もない毎日で。
自由も選択肢も選べないのではなく、選択の余地のない一本道しかなかった。
どこへ行っても、何を見ても他人事。
自分はただ与えられたことをこなし生きるのみだと、きっとどこかにいる憧れが強く輝く姿を思って全てを飲み込む。
周りはただ通り過ぎていくだけだった。
他人と関わりがなかったわけではない。だが、口数の少なさに加えて学んでこそいても実感の伴わない常識が簡単に馴染むはずもなく、そんな状態は普通の人の中では孤立してしまう。結果はいつも同じだった。
表も裏も記憶と印象に残らない出会いと別れを繰り返し、命じられるがままに動き無職の日々を生きる。
それこそが日常、だった。
榛葉吹雪は自分自身へ述懐する。
かつての彼の当たり前は今ではすっかり遠いものへと変わり、それももう過去のものだ。
無職の日々を生きていても、関わりはなくとも、日常を生きている人々に対しては思うところがあった。
“そのままでいてほしい”
羨むことも妬むこともなく、ただただ願う。
吹雪は周りの平和に生きる人らと比べると、重たく辛くともすれば苛烈とも言える人生を歩んできていると見えるだろう、そしてそれは決して間違いなどではない。
だからこそ、しなくて良い苦労はしなくてもいいのだと、強く思っていた。
見知らぬ者に情を掛けられるほどではなくとも、彼らが灯す火が消えるかもしれない瞬間には助けとなることは出来るだろう。
自分の持たない、持てない物を持っている者へ吹雪は淡白であっても手を伸ばす事だけはやめなかった。
与えられた任務という意味においても、その行動は確かなものとして彼の中に存在する。
だからこそ、あのとき彼女にも手を伸ばした。
もちろん、それだけではないのだが。
その時には、少なくとも世界に色はなかった。

 

「輝く世界はあざやかに」
空を美しいと思ったのはいつだったか。
すっかり当たり前になった今、振り返るだけで眩しさを覚える。
同時に世界が色づいて、こんなにも世界はあざやかで美しいものだったのかと驚くばかりだった。
眩しくも太陽とはまた違った慎ましさと、確かに輝くまるで導きの星の如き存在を知り、初めて傍観するものではなく当事者として世界を識ることの出来た証でもある。
毎日に感情が伴う、穏やかで暖かなものがだ。こんなことは初めてで、そしてあまりにも心地がいい。
日常というものがこんなにも尊いとは思いもしないことで、知りもしなかった。
この瞬間を守りたい、芽生えた気持ちは力強く胸の内に根付く。
愛おしく、そして光り輝く宝物。
吹雪にとっての平和な日常というのは、そんなものになっていた。
自分の中で何かが変わったような気がする。
実際、目にうつる全てが新鮮に思えて初めての感覚が吹雪の中を占めていた。
分からない、知らないことばかり。だが不思議と怖くはない。
不安のひとつも感じないのだ。誰かがいてくれる、その幸福に吹雪はほんの少し口角をあげた。