だいたいあいつのせい(tnzn)

 黄色のものを見ると、どうしても思い浮かぶ顔と胸の内に去来する想いがある。落ち着かない、浮ついた感情。大きく揺り動かされるこの想いには、まだ名前をつけたくはない。
 そんな風に思うのは臆病風に吹かれてしまった自身のせいであることも去ることながら、想い人がこの気持ちを重荷に感じるのではという不安も混ざっていた。
 確かにある恐怖も、不安も、浮ついた想いも、愛しさも、全部がその人を想う気持ちで、今まで感じた誰かに対するものとは決定的に違っている。今まで家族のために必死で、年頃の子供とは一線を画すほどに、この手の経験が不足していると自覚していた。
 彼はこの悶々とした想いを振り払おうと、左右に頭を振る。耳元で花札のような大きな飾りのついた耳飾りが、からからと乾いた音をたてた。
「炭治郎?」
 聞こえてきた声に炭治郎は目を見開くが、振り返るには若干気が引けてしまい呼び声に応えることが出来ない。
「どうかしたのか? 音が、いつもとちょっと違うけど」
 声と匂いが頭の上から降ってくる。

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 世の中は多くの音で溢れている。多くのものがもれなく発する音たちは、善逸にとって日々を生きる人間の象徴であり微力でもそれを守るために生きたいと思わせるものだ。
 その中でもとりわけ、好いた人間の音というものは意識する分だけ耳に入ってきやすくなるらしい。薄ぼんやりと平和を感じさせる音に耳を傾けていた善逸に、恋仲である想い人の音が割り込むように飛び込んできた。
 その音は急ぎながらも確かに善逸の元へ向かってくる。本当に急ぎ足なのだろう、床を踏み鳴らす音はいつもよりも大きいように思えた。
 善逸は縁側に腰掛けながら、そんなにも急がなくても逃げやしないのにと思いつつも、いつもは自制心と冷静さが際立つその想い人が自分のために必死になってくれているというのは、どうにも嬉しいもので自然と浮かべる表情が緩む。
「善逸!」
 どんどんと大きな足音と共に善逸の目の前に現れた炭治郎は、肩で息をしながら近づいて来てあっという間に目の前にまでやってきた。
「炭治郎、おかえり」
 柔らかな笑みとともに迎えの言葉を寄越す善逸を、炭治郎は堪らず抱きしめる。
「おわ! どうしたんだよ、今日は。珍しくそんなさぁ」
「……会いたかったんだ、すごく。善逸に会いたくて堪らなかった」
「俺も。俺も会いたかったよ」
 その言葉を呼び水にして炭治郎は自身の唇を、善逸のそれに重ねた。ただ重ねるのみの軽い口付け、それは心地よく離れ難い。

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 炭治郎と善逸は呆然としていた。それは彼らのいま置かれている状況に由来する。
 彼らは得体の知れない部屋に閉じ込められていた。理由は不明、ただ分かることはこの扉は閉ざされたままであるということだ。
 そして、その扉の近くには大きな貼り紙がある。その紙には、はっきりと『行為をしどちらかが達しなければ出られない部屋』と記されていた。
 その記された言葉に、二人の理解は追いつくことが出来ずに呆然としたまま立ち尽くすことしか出来ずにいたのだ。
「これ、あり得なくない……?」
 やっとのことでその口を開いたのは善逸だった。その表情はありありと困惑を示して、炭治郎に視線を向ける。
 その視線を受ける炭治郎もまた、同様に困惑の表情を浮かべながら、思案している様子で口元に手をあてた。
「なぁ、善逸」
「なに……」
「俺で、達してくれないか……?」
 炭治郎の口にした言葉によって、善逸の表情が凍りつく。想像など軽く飛び越えていってしまったその言葉に、善逸は癇癪を起こしているほどの勢いで暴れ、そして叫んだ。
「有り得なくない?」
「俺はちゃんと考えた上で!」
「いや、分かってんだよ! お前が真剣に考えてから言ったことくらい! 音で冗談かどうかくらい分かるし、お前の性格的にもそんなこと言わねぇことは知ってんの!」
 早口で捲し立てながらも善逸はやはり混乱していて、妙なまでに大きな身振り手振りと共に表情までもがころころと変化する。まるで百面相のような有様に炭治郎は、思わず吹き出さずにはいられない。
 
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 喉元に親指が当たる。力の入ったその指は、当人の肌より少し白さの強い相手の首で小刻みに震えた。喉を圧迫された先の口から、詰まった息がこぼれる。
 みるみる酸素が足りなくなっていくのが目に見えて分かる、そんな身体の様子とは裏腹に当人の浮かべる表情は恍惚の色一色に染まっていた。
 ひゅうと喉から空気の音がする。そろそろ身体の限界が来るだろう、喉元に当てた指の力を緩めようとしたときだ。恍惚の表情そのままに、必死にその手を止めようとすっかり酸素が不足して力がこもらなくなった手が、縋るように手首に伸びる。
「もう、ここまでだ」
 首を絞める側に回っていた彼は、そう宣言するとすっぱりとその手を相手の首から離した。極度の圧迫状態から突如解放され、首を絞められていた人物は、激しく咽せかえる。
「どうして、ここまでしなければならないんだ?」
 それは純粋な疑問だった。問いかけられた言葉に相も変わらず恍惚の色を帯びた様子に、一つ咳払いを混ぜて彼は嗤う。
「だってさ……これくらい刺激がないと感じられないんだから仕方がないだろ?」
 そう言って彼は琥珀の瞳に狂気を滲ませた。