「君、その耳飾り……」
おずおずと発せられた声は、それでも確かに一人の人間を呼び止めた。その声が向けられた相手は、学生服を着崩すことなくしっかりと着こなしている、見るからに真面目そうな学生だったが、耳元には花札のような大きな飾りのついた耳飾りが揺れている。
当然ながら学校という場所において、過度な飾りを身につけることはご法度だ。その生徒のいでたちから察するに、そのご法度が分からないような者ではないだろう。
「すみません」
きちんと立ち止まり、呼び止めた声の主の方へと向くと耳飾りをつけた生徒は頭を下げながら謝罪の言葉を述べた。
「謝っても、それを外すつもりはないわけね……」
耳飾りの生徒を呼び止めた人物は、苦笑いを浮かべながら立ち尽くす。
彼もまた学生服を着た人物で、どうやら校門で何かを確認しているらしかった。この状況から察するに、服装のチェックや挨拶などの役目を担っているのだろうことは、見るからに明らかだ。そしてなんと言っても、特徴的なのはその金髪である。
耳飾りの生徒は顔を上げながら、その金髪に思わず怪訝そうな表情を浮かべた。
「これ、地毛だから」
怪訝そうな表情をされることすら想定内だった様子で、耳飾りの生徒が口を開く前に間髪入れずに言葉を紡ぐ。
「それよりその耳飾り、拘束違反なのは分かってるよな?」
「はい、分かっています」
「でも、外す気もないわけだよな」
「すみません……でも、これは亡くなった父の形見なんです」
「そうなんだ……デリケートな話をさせちゃってごめんなさいね」
想定しなかった話の展開に、今度は金髪の生徒は思わず謝罪の言葉を口にした。そんな彼の姿に、誠意を感じて耳飾りの生徒はほっと胸を撫で下ろす。少なくとも、今すぐ強引にこの飾りを外せという話にはならないだろうこの状況に、安心をしたというところが大きかった。
そして二人は立ち止まったまま、無言の時間が過ぎる。それは一瞬のことではあったが、彼らにしてみればそれなりに無言のままの時間が存在していたと認識するような、独特な間があった。
「なぁ、君さ……」
「竈門炭治郎です」
「……竈門くんさ」
「はい」
「俺じゃその耳飾りのこと、どうしてあげることもできないけど見逃すことはできるよ。あと、ダメ元で先生に直談判してみるかくらいだけど」
今度は耳飾りの生徒、炭治郎が想定していなかった話の展開に言葉を失う。
「……あの」
「なに?」
「先輩の名前を、お聞きしてもいいですか?」
おずおずとやっとのことで口を開いた炭治郎が発した言葉は、金髪の先輩らしき生徒の話に応えるものではなく、彼の名前を尋ねるものだった。
「へ? 我妻、善逸だけど……」
「我妻先輩は、どうしてそんなにも俺に親身になってくれるんですか?」
その問いかけに金髪の生徒、善逸は口をへの字にしながらうなると、眉を八の字に下げながら困った様子で頭を掻く。
「何でだろう……悪い奴には思えないし、理由があるんだろうなって分かるから、かな。竈門くんの力になりたいなって思った」
やはり頭を掻きながら今度は照れ臭そうに笑うと、初対面なのにお節介だよなとさらに言葉を紡いだ。
親身になるという言葉の文字通りだと思わせる、そんな善逸の言葉に炭治郎は感謝の念を強く強く抱く。
「ありがとうございます、我妻先輩」
炭治郎の言葉にやはり善逸は、照れ臭そうにまた笑ってから「形見ならおしゃれとかそういうのとは違うと思うんだけど、だめなんだろうなぁ」と諦め気味の思案を巡らせていた。
自分のためではなく、誰かのために親身になる、そんな善逸の在り方に炭治郎は感動にも近い感情の昂りを覚える。
彼はまだ、このとき抱いた感情の名前を知らなかった。
