──あたたかい。
そう思った。目を閉じていても確かに伝わるぬくもりは、まるで全身を包み込んでいるような錯覚すら抱かせる。
何故だろうか、吹雪の脳裏には東雲緋奈乃の姿がよぎり、消えない。確信するような様子など何一つありはしないのに、彼女の存在を強く感じる。
その正体を無性に知りたくなり、ゆっくりと瞼を開いた。仰向けで寝かされている吹雪の視界には、無機質な白い天井しか映らない。
だが、腹部のあたりだろうか。人の気配とそのぬくもりは間違いなく存在していた。
吹雪は少し身体に力を込めて、頭を動かしてみる。眠り続けていた影響なのか、すっかり固くなった身体はほんの少し動かすだけでやっとだった。だがそれだけでも十分、吹雪の視界に映るものは変わる。
そこには吹雪の予想通りの人物の姿があった。ベッドの横のパイプ椅子に腰掛けて、吹雪の身体に頭を落としているのは緋奈乃だ。その瞳は閉じられていて、規則正しい寝息も聴こえてくる。眠っているようだった。
──どうしてこんなところに。
そんな疑問を抱きながらも視線は緋奈乃に釘付けになってしまう。いつもの彼女とはまた違った印象を受ける、それにどうしようもなく惹きつけられた。
穏やかな表情、伏せられた瞼と長く伸びた睫毛、規則正しい寝息。その全てがいつもの緋奈乃とは違うもので、何だか妙に緊張してしまう。
こんな表情もするんだなと、なんとなくそんなことを考えてしまって視線を逸らそうとしてみるが、反して視線を離すことは出来ず引き込まれてしまったように緋奈乃に釘付けになった。
「ううん……」
一方の眠りに落ちている緋奈乃の方は、自身の状況を知る由もなく声を漏らしている。起きる様子はなさそうだった。
彼女の声に、もしかしたら起こしてしまったのではないかと内心少なからず焦りを抱いた吹雪は、目を覚さない緋奈乃を見てほっと息を吐く。
すると、緋奈乃の口が再び小さく動いた。
「……ふぶ、き……」
普段であれば“吹雪くん”と呼ぶその声が、寝言だからなのか言葉の後ろが途切れてしまっただけなのか、いつもとは違う形で吹雪の名を呼ぶ。掠れを帯びた声が余計に普段とは違う、ということを強く強く意識させた。
どきりとする。全てがいつもとは違うと感じさせる状況の中、緋奈乃の存在そのものに何か込み上げてくるものがあるような、吹雪自身の胸の内を感覚が支配していた。
自然と横たえていた腕を動かして緋奈乃の方へと伸ばす。ぎこちない動きで伸ばした手は、そのままゆっくりと緋奈乃の髪を撫でた。
さらりとしていて柔らかな感触は、落ち着きとそして緊張を同時に与える。だが心地よいという感覚が先に立ち、何度も何度も緋奈乃の髪を撫でた。
「ひ、なの」
不意にいつもとは違う形で緋奈乃の名を呼んでみたいという欲求が膨らみ、それに抗うことなく口を開く。溢れた声は緋奈乃の比ではないほど掠れていて、なんとか音になっている程度のものだったが、それでも確かに発せられて吹雪自身の耳にも音として認識するに至るものとなっていた。
音は吹雪に実感と照れを与えて、居た堪れない思いと共に何かを誤魔化すように慌ててその手を引っ込める。
部屋には吹雪と緋奈乃しかいない、そのことは承知しているはずなのだがどうにも気恥しい。こんな気持ちは初めてだった。
