所狭しと本が並ぶ少し薄暗い書庫の中でイクスは数人で腰掛けられるような椅子にひとり座り、いつものように本を読み漁っていた。薄暗い室内になけなし程度に入り込む光は読書に充分役立ち、大所帯の喧騒から離れたまるで隔離されたかのようなこの書庫が本の虫であることを差し引いてもイクスはとても好きだ。落ち着きを得て集中力を増すこの場所で、相も変わらず黙々と読書に勤しむ。
類まれなる集中力の賜物か、書庫の扉から軋む音がしたことにイクスは全く気付きもしていなかった。軋む音は少しずつゆっくりとした間隔でイクスへと迫ると、右隣に腰を下ろす。
「うわ!……びっくりした、コーキスか」
「へへ、お邪魔しますマスター」
全く気配にも気付かなかったらしいイクスの隣には、ちゃっかり座り込んで笑うコーキスの姿があった。
「マスター、本当に本が好きだなあ」
「まぁな。本自体もそうだけど、読んだものが実になってるって思うと楽しくなるし」
「あ、それはちょっと分かる気がする」
イクスの言葉に共感出来るところを見つけてコーキスは嬉しそうに顔をほころばせる。
「ところで、何か俺に用事?」
「えっと、用事って訳じゃないんだけど」
「?」
「一緒にいたいなって思って」
今度は頬を少し赤く染めながらはにかんでみせたコーキスは、たまらず視線をイクスから逸らした。
「そっか。悪いけど、ちょっと待っててくれるか?もう少しで読み終われそうだから」
「待ってる待ってる」
眉を下げ申し訳なさそうなイクスに、コーキスは視線を戻して再び笑顔を浮かべる。ホッとした表情を見せたあと、イクスは再び手元の本に視線を戻した。
しばらくして、イクスが手元の本を閉じて息を吐いたとき身体の右側に暖かさを感じで視線を向けると、イクスの目が見開かれる。それもそのはずで、コーキスがイクスにもたれ掛かりすやすや寝息を立てていたのだ。
(悪いことしちゃったな……)
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも空いている左手を伸ばして、肩にもたれ掛かっているコーキス頭をそっと撫でる。彼の髪の毛は柔らかく、つい何度か撫でていると身体がぴくりと揺れた。
「ますたぁ?」
「ごめん、起こしちゃったな」
「俺……寝ちゃって……」
「待たせてしまって、ごめんな」
ふるふると小刻みに首を振りながら、コーキスはしょんぼりと眉と視線を下げる。寝てしまったのは想定外だったようで、心底ショックを受けている様子が痛いほど伝わってイクスもつい沈痛な面持ちになってしまう。
「コーキス、何かしたいことある?」
イクスはコーキスとそして自分自身の沈んだ心持ちを断ち切るように、努めて明るい声色で声をかけた。
「えっと……」
口に手をあてながら考え込むコーキスに、先ほどのショックを受けた様子はなりを潜めていてイクスはほっと胸を撫で下ろす。快活な彼の姿を思い描いてやはり笑っていて欲しいと思わずにはいられない。
「俺、マスターとキスしたい」
「キス……」
悪びれる様子もなく屈託のない笑みを浮かべるコーキスと、彼の予想外発言に絶句するイクスの表情は真逆のもので、あっという間に状況が変化してしまった。
「だめ?」
「うーん……」
「なぁ、だめ?」
イクスを見つめるコーキスの瞳はキラキラと期待に輝き、断られることなど微塵も考えていないことがありありとうかがい知れる。面と向かって言われると恥ずかしいこともあるが、そもそも自分とそういう行為に及ぶことに問題はないのか……とイクスが思考の海へ落ちていきそうになった時、イクスの唇に暖かくそして柔らかい感触が伝わる。
目の前にはコーキス、そして啄ばまれるように口づけられている唇は彼の存在を証明しているようにも思えた。
「へへ、待ちきれなかった」
顔を離しながらコーキスは再び屈託のない笑みを浮かべて、しかし照れ臭そうに頭を掻く。
「全く……仕方がないなぁ」
イクスは目の前のコーキスを愛おしく感じながら、彼が寝ていたときと同じように頭を撫でてから今度はイクスからコーキスの唇に短くひとつ口づけた。
