子供は苦手だ。無邪気な姿にどんな顔をしたらいいか分からなくなってしまう。
子供だけではない、幼い頃からずっとどこかで線を引いて生きていた。そう思う。
偶然にも幽霊が、化け物が、怪異が、視えているというそれが全ての始まりだった。
当たり前のように自分の世界の中にあった存在。疑いもせず、当たり前のものをただ当たり前に見つめて扱う。
だが、実際のところはそれは極小数に限られる話だ。少なくとも周りに同じような人間は誰一人いなかったし、同級生はもちろん家族ですらオレのことを訝しんだものだった。
──誰も、オレの言葉を信じない。
諦めたのはいつだったろう。
いつしか誰にも自分の視たものの話を口にしなくなった。適当に周りに話を合わせて笑って、独りでただじっと蹲る。
笑った顔はさぞ不器用だっただろう、さぞ偽りの顔だっただろう、当然だ。
それはただ苦しく、自分の中の何かを苛むばかりだった。
しばらくそんな日々が続いてふと思う。境界線を引けばいいと。
線引きをしてしまえばそこから先は自分だけのもの。何も全てを受け止めてもらう必要なんてない、何も偽らない人間なんているはずがない。
ある意味では世界を拒絶した、とも言えるかもしれなかった。
心の中に一線を、そして眼と外界に一線を引いて、見える世界は一変する。
疑心暗鬼と不信の元を避けてしまえば、身の回りは決して絶望をするような場所ではなかった。たまに息が苦しくなるだけ、たまに苛む辛さはなくもないが、それだけだ。
そう、それだけだった。
ただどうしても、諦めきれなかったことがある。
視て視ぬふりをすることだ。自分のことはいい、時にいたたまれなくなるような誰しもに見える訳ではない存在たちを一体誰が救ってやれるのか。
最初は祈祷か霊媒か、そういうことでも生業にしてやろうかと思ったものだ。
そして偶然知った、今の組織のこの部署のことを。
いつか手放して線を引いたあの感覚が蘇る。
もしかしたら、もう一度手にできるのかもしれない。諦めなかった日の可能性を。
この場所にいることが出来れば、自分の存在そのものは自ずと肯定される。
今は過ぎ去った、苦しみの瞬間も昇華されて笑えるような日が来るのかもしれない。素知らぬ顔で居られるのかもしれない。
それは、期待。
ただただ、期待だった。
ありのままの自分、蹲った自分に少しは光を当てられる、偽らざることを当然とできる場所。
間接的でも人ならざる存在との関わりで彼らに救いがあるのなら、かつての自分にも意味がある。気がした。
都合のいい感傷だろう。
だが何もしないよりはずっと、何かのためになるはずだ。
──それは現在へと至る道。
