あまのじゃくに光あれ(tnzn)

 声に出して後悔した。
 寧ろ声に出すつもりもなければ、考えもしたことのないような言葉たちが次から次へと俺の口から滑り出てきて、止まる気配が全くない。
 そんな俺の言葉を受け取る善逸は、驚きと不信と恐怖の匂いをさせながら、血の気がどんどん引いていくのがわかった。

 ごめん、ごめんな――
 
 どうしてか分からないけれど、止められないんだ。
 口から出るのは嘘偽りだらけで、そんなことを伝えたいわけなんてないのに……善逸のこと、大切に思っているのに。
「お前のことなんて大嫌いだ」
 こんなに自分の声を憎いと思ったことはない。自分への怒りでどうにかなってしまいそうだ、罪悪感ですぐにでもこの場から、いやこの世から消えたいと思うほどだ。
 こんなにも愛しているのに。
 どうしたらいいのか、そんな風に考えるのも嫌になる。
 目の前の善逸にそんな顔をさせて、俺はどうしたらいい……何一つ身体の自由が効かない。俺の身体なのに、そうじゃないみたいなんだ。
 いやだ、こんなことを言いたくなんてない。ないのに!
「俺の前から消えてくれないか」

 ――ああああああ!!!

 俺は俺に、今この瞬間の俺に絶望した。

 ◇◆◇◆

 目の前のお前はどう考えても普通じゃない。それはよく分かる。
 だって、俺の大好きなあの音がお前からしないんだ。いや――注意深く聴けばなくなってはいないけれど、全く知らない音が覆いかぶさっている感じだ。
 どうしてこんなことになったんだ? なんで?
 いつもあたたかくて優しいお前の赫い目が今日はどうにも怖くて堪らない。
 こいつは炭治郎だけど、炭治郎じゃないんだ。その結論を出すまでにたいした時間はかからなかった。
 これは、炭治郎を塗りつぶしてしまおうとしている誰かがいるということだ。そんなこと許せるはずがない。
 冷たい声が俺の事を大嫌いだと告げている。
 他にもいろいろ、いつもだったら絶対言わないし、思ってもいないだろうって言葉が並んでた。いつもと変わらない顔で、知らない音の間から焦る様な心臓が早鐘を打つ音をさせて。それでも冷たい声で言うんだ。
「俺の前から消えてくれないか」
 そう言うんだ。
 炭治郎が本当に俺にそう思っているならば、本当は嫌だけど黙って消えるよ。けど、そうじゃないんだろ? 微かだけど音は確かにそう言ってるんだ。

 ――なら、やることはひとつしかない。そうだろ? 炭治郎。

 △▲△▲

 炭治郎と善逸は相対する。炭治郎は彼を知る人物が見ればまるで別人のような冷たい表情で、善逸は目尻に涙をためながらも下唇を噛んで必死の形相でそこに立っていた。
「どうしてまだ俺の前に立っているんだ、俺は消えてくれといっているんだ」
 何の感情もない冷たく平坦な声が冷たく言い放つ。
「……お前は」
「口を開くな、声も聞きたくない。一刻も早く消えてくれ」
 善逸は言葉を発した次の瞬間には、炭治郎がそれを遮り言葉を覆いかぶせた。明確な拒絶の言葉は、その一言一言が差し向けた相手に対しての全てを否定している。
 取り付く島もない、というやつだった。
 だが、善逸は折れない。
「お前は! 今、苦しんでいるんだろ! 何があったのかは知らんけど、そんな音をさせているのを聴いていられない!」
 必死に声を張り、目尻には涙を浮かべながら、それでも善逸は目の前の炭治郎に必死に訴えかける。
 相も変わらず炭治郎の向ける視線は驚くほど冷たかったが、その奥に赫い光が灯った。
「うる……さい……!」
 それまで感情など温度のある表情など少しも見せなかった炭治郎が、苦しげに顔を歪める。乱暴に振り回した手が善逸のことを露骨に拒絶していた。
 後退りをしながらも、善逸は再び食いさがる。
「炭治郎! 戻ってこい!」
 必死に手を伸ばしながら善逸、炭治郎の本来持つ音を彼の太陽のような笑顔を思った。
「炭治郎っ!」
 伸ばした手が炭治郎に触れる。眩く光る何かに触れたような気がした。

 あまりの眩しさに固く閉じた瞼を様子をうかがいながらゆっくりと開く。
 そこは何もない。がらんどうな空間には一面に明るく美しい空色と、そこに立つだけでつつみこまれるようなぬくもりがある。
 その一角がおどろおどろしい漆黒に染まり、一角のみにとどまらずこの空間を侵そうと蠢いていた。
 それを押しとどめようと必死に、小人のようなものたちがその漆黒にわらわらと集まっている。善逸に比べて半分ほどの大きさしかないそれは、柔らかく明るい光を放っていて見ているだけであたたかな気持ちを胸に抱かせた。
 しかしそんな小人たちが漆黒と必死に戦っている。近くには彼らと同じく光を放っている珠のようなものがあり、どうやらそれを守ろうとしているようだった。光の珠は漆黒に干渉され、陰りを見せながらもそれでもなお光り輝く。だがそれも、少しまた少しとその光を失いつつあるように思われた。
 
 ――これを守らなければ。
 
 善逸は本能的にそれを感じ取り、小人たちに加勢しようと近づく。
 すると小人の中の一人が善逸の方へとやってきて、必死に跳ね回り何かを主張しはじめた。これでは加勢することはおろか、近づくことさえ出来ない。
「どうしてだよ!」
 善逸は声を張る。何も言わない――言えない――小人は、なおも跳ね回り何かの主張を繰り返していた。
 そして対抗する戦力が減った小人たちを、じりじりとしかし確実に漆黒が圧倒しはじめる。
「俺なんかに構ってる場合じゃないだろ!」
 そう伝えても小人は必死に跳ねて、善逸が動くことを阻もうとしているようだった。
 そんな小人の姿に善逸は炭治郎を見る。
 
 ――そうお前はいつも、自分より誰かのためばかり。
 
「ば……っか野郎」
 善逸は小人をぐいと掴みあげ、そのまま他の小人たちと漆黒の争う場所へと駆けていく。
「自分の! 心配を! しろ!」
 そう声を荒らげながら、他の小人たちを避けて漆黒の元へ真っ直ぐ向かうと勢いそのままにそれを全力で蹴り飛ばした。
 どろりとした黒い何かが善逸の足にこべりついたが、彼はそれを勢いよく振り落とす。 漆黒はどうやらダメージを食らったらしく、あからさまに小さくかたまった。それを光る小人たちが囲い込む。
 かごめかごめのような状況はどうにも深刻さに欠けて善逸の瞳に映るが、耳に届く音はまだ予断を許さぬ切迫した状況であることを告げていた。
 
 ぐちゃり。
 
 嫌な音がする。それはひとつになって形を形成し、かたちと共に音を変化させて全くの別モノへと姿を変えた。額に角を持ち、あまりにも禍々しいその表情から異形のそれしか感じない。
 そう、これは鬼だった。
 善逸の耳に確かに響く、鬼の音。狂った悪意に満ちたその音は、善逸の背中にぞわりと寒気を走らせる。
 決して大きいものでは無い。それは小人たち程度の大きさだが、確かに相手を圧迫し息の根を止めてしまいそうなほどの禍々しさをもってそこに在った。
(……俺、終わったわ)
 善逸の中に諦めの感情が満ちていく。自分の弱さを強く自覚する彼にとって、目の前の鬼は死へと導く船頭のようですらあった。
 あまりにも圧倒的な死の恐怖に、意識が遠のいていく。
 
 ――嗚呼、俺はあいつのために何も出来ないのか。
 
 ふとそう考えて、ぐっと足と意識を踏ん張った。ここがどこかもよく分からない、何が起きているかも把握出来ない、けれどこれは夢のようでいて決して夢では無いのだと、根拠はないが直感的に善逸は知っている。
 諦めるな、尊敬する人の声が聞こえた気がした。
 恐怖に無意識のうちに流れ出ていた涙を乱暴に袖口で拭うと、必死に下唇を噛み締めながら目の前の鬼を睨め付ける。
 対象とされた鬼の方はそんな視線に動じる様子もなく、余裕綽々といった不遜な態度で嗤った。
「無力だな、お前は」
「……は?」
 鬼を睨めつけたまま善逸は、冷たく低い声を吐き出す。
「おお、怖い怖い」
 茶化すように言うが、ぶつかる視線も間を流れる空気も張り詰めたものだ。
 身体の大きさ的に鬼は善逸に見下される格好だが、それすらも瑣末なことであると感じさせる圧迫感は、多くの人間を食らってきたのだろうことを感じさせた。
 それでも引けない、引いては行けないと、震えそうになる足を踏ん張り善逸は鬼に相対する。
「どうやってここへ来たかは知らないが、助けるのか? お前に心無い、拒絶の言葉を向けた者のことを」
 にやにやと嗤いながら問いかけ煽る鬼の様子は、自分が圧倒的に有利だと揺るがぬ自信が宿っていた。この状況で鬼の虚を衝くならば、善逸は冷静に思考する。
「確かにいつもだったら絶対に言わないようなことばかり言ってたな」
「信用出来るのか? その言葉の通りのことを思っているのかも知れぬぞ?」
 鬼と善逸の視線が交差した。一見すれば鬼が優位のようにも思えるが、そんな見せかけを善逸は一笑に付す。
「思ってねぇよ、信用出来るに決まってる」
 視線はさらに力強く、鬼のことを射抜くように鋭くなる。そこには言葉の通り感情の揺れはなく、愚直なまでに信じ抜く善逸の折れぬ姿があった。
「……っ」
 初めて目に見えて鬼が動揺する。その術で多かれ少なかれにじみ出る疑念や不安を使って生きてきただろう鬼からしてみれば、目の前の存在は未知でしかなかった。
「思い通りにならなくて残念だったな」
 文字通りの形勢逆転だ。余裕を抱くのは善逸、焦りを抱くのは鬼、完全に立場が入れ替わってしまっていた。
「……おのれ。勝手に自滅していれば良かったものを」
 余裕の無い鬼は心底忌々しそうに言葉を吐き捨てる。その声すら呪いがこもっているのではと、善逸は内心気が気ではないのだがそれを微塵も見せぬようにと、拳を握り力をこめた。
「あいつがあんな風になったのはお前の仕業だな」
「そうさ。この者を助けたいなら、下手に動かないことだな」
 途端に鬼が饒舌に語り出す。その声にも存在から伝わる音にも焦りの感情が滲み、余裕のなさを窺い知るには充分過ぎた。
 冷たい琥珀色の視線が鬼を見下している。そこに寸分たりとも隙はなく、綻ばない強固な感情はそれはそれで狂気のような冷たさだった。
「刀に手をかければ、その核を飲み込むぞ」
 そう言いながら鬼が指し示したのは小人たちが必死に守ろうとしている、あの光る珠だ。鬼はそれを核と称した。それは、善逸からしてかなり大きな収穫と言える。
 鬼の目的はその珠だ。もう既に干渉を受けているそれの存在を飲み込むことが目的に違いない。
 何故、詳細は、というような突き詰める思考は今はかなぐり捨てる。
 現状の情報だけで炭治郎を助けるには十二分なものだ。あとは動くだけ、速く速く速く速く速く強靭な刃を振るうのみ。
 諦めない、絶対救うと誓い、手を伸ばす。善逸に出来ることはそれだけだった。
 鬼に気取られぬよう、静かに呼吸を整える。そして勝機を逃さぬよう耳を澄ました。
 疑心、嘲り、不安、慢侮、昂奮、忌避、疑懼、侮蔑。鬼の音には確かに感情が混ざっていて、それは善逸の耳に微かではあるが届く。紛うことなき負の感情の蓄積は少しずつでもその歯車を狂わせ、鬼の隙となるはずだ。
 
 ――聞き漏らすな、その一瞬が勝負だ。
 
 軽侮、懸念、蔑視、貶み、倉皇、煩慮、憂慮、気扱。じりじりとただ続く睨み合い、加えて少し前に善逸が与えた動揺。微かでも確かな揺らぎは波紋のように鬼を揺らし、次の一手への足がかりになる。
 鬼と善逸の間にはぴりぴりと緊張した空気が走り続けていて、互いの中で無言の探り合いが続いた。
 片や鬼は足を開き構えつつ前に手を突き出しそれを通して殺気を。
 片や善逸は重心を低く落とし刀の柄に右手をかざすようにして構え研ぎ澄まされた刃の如き圧迫感を。
 それぞれがそれぞれを制するべく構える。
 二者ともの圧をもってのみ交わすものも言わず動かぬ戦いは、すでに静かながら間違いなく火花を散らしていた。
 得体の知れぬものへの一瞬の悚然。制し合う中、ほんの一瞬だがそれは間違いなく、鬼が善逸に後れを取る。
 鬼のそれを善逸は聴き逃さなかった。
「雷の呼吸・壱ノ型――霹靂一閃」
 不穏と平穏の混ざり合うその場を切り裂くような呼吸の音が響き、その次の瞬間には落雷のような大きな音がひとつ。鬼を圧倒し、小人たちさえも震わせるような気配を持って、善逸が、一瞬にしてその場を制した。
 そして何が起きたのか、それを理解する暇もなく鬼の頸と胴体は離別のときを迎える。
「え……」
 転がった頸、その口から漏れたのは困惑の声だった。
 刀の納められる音に続いて鬼に視線が向く。振り返った善逸の視線に感情の色はなく、ただ静かに無の視線で鬼を刺した。
 鬼にとって想定できなかった事態でしかない。それは嘘に辟易した恨みだった。
 どうあっても人は嘘をつき、騙し合う。そんなにもそうしたいなら嘘しかつけなくなれと、それがくだらない嘘に振り回され人生を翻弄された者たちへの報いだと、かつて人であった鬼はその手にした力で復習を誓ったはずだった。
 
 ――いつから、こんな風になってしまったのだろうか。
 
 騙すことに嘘をつかせることに快感を覚え、本来の目的は消えてなくなってしまっていたことを死の淵で思い出すことが、あまりにも滑稽に思えた。
(嗚呼、所詮……奴らと自分は同様の存在だったな)
 鬼は灰となり消えゆくなか、悔悟の念を抱く。
 この瞬間、唯一の鬼にとっての救いは、鬼の頸を落とした鬼狩りが真実と相手を信じる者であったことだ。それは鬼にとって求めても求めても手の届くことのなかった光であり、尊いものだった。
 そのことに鬼はうっすらと涙をうかべ、その涙もろともに灰となっていく。
 善逸は目の前に広がる光景を、そして耳に届く音を、美しいと思った。
 
 鬼は跡形もなく灰となり、侵されていた領域も元の姿を取り戻す。
 きっとここで自分がやれることはちゃんと果たせたはずだ、善逸は不安を感じながらも自分へそう言い聞かせた。
 大きくひとつ深呼吸をしてみると、すっと心が落ち着いていく。目に炭治郎の姿は映らないが、彼の音を感じるような気がした。
すると下から羽織の裾をくいくいと引っ張る者がいる。件の小人だった。
 善逸の視線が向いたとわかるや、小人たちはぺこりと頭を下げて見せる。
「えっ……何? えっ……?」
 想像していなかった光景に、善逸はただただ困惑するばかりだ。どうやら礼を伝えたいらしく、何度も何度もぺこぺこと頭を下げて見せる。
「いいって! いいから!」
 そうやって何度か大袈裟なほどの静止の動きを行なって、やっと彼らはその動作をやめた。
 そしてそのうちの一人に、強く手を引かれる。すると意識が遠のいていくのがわかった。
(ああ、帰るんだ)
 知識にはないがそう直感する。何が起こっていたのか、何となく察しの着く状況を遠のく意識の中で思った。推測はきっと外れていないだろう、状況が全てを物語っていたからだ。
 きっと、きっと、大丈夫。
 そう信じながら善逸は、ゆっくりと遠のく意識の最後のひとかけらを手放す。ふつりと意識が途切れるその瞬間、視界の端に柔らかな光が映ったような気がした。

 △▲△▲

 なぁ、炭治郎……大丈夫だよな? つい、そう問いかけたくなってしまう。
 薄れて行く意識が消えていく時も、その意識が再び浮上する時も、その心配ばかりしてた。そりゃそうだろ、俺は結局のところ訳の分からない場所で鬼の頸を落としたような気がするだけ、なんてことになってたら笑えもしない。
 やっぱり俺、いざとなったら不安だよ。もうあんな痛々しい炭治郎の音は聴きたくないんだ。
 何となく大体を分かっているような気はするし、安直に大丈夫だと思える気持ちもある。だからこそ怖かった。
 それでも目を閉ざしていてはいけないと、怖くて怖くてたまらないけれど、俺はゆっくりと目を開く。
 目の前には炭治郎の顔があって……何でだ? 何が起きているのか分からないけれど、少なくとも炭治郎は目を閉じている。それだけは見たまんまだからよく分かった。
「炭治郎っ!」
 本当に何が起こったんだ、訳が分からないまま炭治郎を呼ぶ。さっきまでの怖さより、炭治郎が心配でたまらなかったし何よりその穏やかな表情と、何者にも穢されていない優しい音に安堵していた。
 なぁ、起きてくれよ炭治郎――頼むからさ。
 俺はただ願う。それはもう、必死に、炭治郎が目覚めることを。
 ひたすらに願って、力なくだらりと落ちたままだった手をとると自分の手で握りしめる。
それから炭治郎の手を持ち上げて手のひらに、その、口づけをした。
 
 ――俺、めちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃない?
 
 やばい。やってしまったと思ったときに炭治郎の瞼が動いた。

 ◇◆◇◆

 手にくすぐったさを覚えて、目を開いた。
 あれ? ちゃんと開ける……意識をいつ失ったのか、その記憶は曖昧だったけれど自分が望まない言葉で善逸を傷つけてしまったことは覚えていた。自分の身体であるはずのものが思考を除いて全く自由に出来ず、ときにその思考すらも何が真っ暗なものに侵されかけて、自分ではない自分がいるみたいに感じていたのだが。
 今は全くその気配はない。それで問題が解決したというのも、少し楽観的過ぎるだろうかと思うけれど、目の前の善逸の姿にそうした考えが吹き飛ぶ。
 善逸は何をしている……? 俺の、手のひらに、口づけを……?
 顔が、いやそれどころか耳まで一瞬で熱くなる。
 それはどうやら善逸もらしく、慌てて手を離して俺から一歩下がって顔には強引な笑みを貼り付けた。少しその姿に寂しさを覚えていると、善逸が口を開く。
「た、たんじろ! 大丈夫 俺の事わかる?」
 見るからに気が動転している善逸に、精いっぱい俺は笑いかけた。
「もう大丈夫だよ」
 そう伝えると、善逸は目に見えてほっとした様子で笑ってから脱力する。
「善逸!」
「安心したら、気が抜けた」
 善逸は苦笑いしながら俺を見上げた。心からの安堵の匂いがする、当然だけれど心配をかけてしまったんだろうし、きっと迷惑もかけたんだろうな。
「……ごめんな、善逸」
「なにが?」
 俺の謝罪に善逸はきょとんとしている。
「心配をかけたり、迷惑も……」
「確かにめちゃくちゃ心配したけどな! ……けど、迷惑はないよ。炭治郎が無事ならそれでいいし」
 照れくさそうに笑う善逸は、俺の目にとてもきらきらと眩しく映った。愛しくて、愛しくてたまらない。
「ありがとう」
 感謝と愛しさをこめて俺は目の前の善逸を、思い切り抱きしめた。
「ちょ! おま……なにして……!」
 善逸がじたばたとしているが関係ない。だって嫌がっている匂いはしないから。
「大好きだよ、善逸」
 そう声をかけると、腕の中の善逸が身を硬くする。
「手に口づけて祈ってくれたのは、期待してもいいんだろう?」
 抱きしめたままの善逸の耳元でそう言ってみれば、また再びじたばたと暴れだした。
「お前……っ! 分かってやってるだろ!」
 必死の反撃すらも愛おしい。
「そうだぞ」
 肯定の言葉とともに善逸が脱力する。
「……ばか」
 善逸から香るのは、甘く柔らかな香りだった。