あの日はきっと向かい合っていた
あの日、確かに恋をしていた。好きだよと言えたら良かったのだけれど、その一言が言えないままだ。ずっとずっと、言えないままで来てしまった。今日は君の結婚式。片や自分はただの参列者だ。そう、言えないまま気がつけば大切な人は知らない誰かと共に人生を…
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溢れてもなお君が好き
気持ちが溢れる、そんな体験をしたことがいくらあったろうか。彼は目を細めた。その表情は穏やかで柔らかいものだ。大切な人がいる。たまらなく愛しくて、たまらなく幸せな気持ちにしてくれる人だ。〝大切〟の意味を知るのに時間はかかってしまったが、彼女が…
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ミルフィーユ
「わぁっ、見て見て!」弾む声が隣で響き、声の主がそのいちごのような色の瞳をキラキラと輝かせながら指差す。語りかけられた相棒とでも言うべきか、そんな存在である彼はつられるように指さされた先を見た。「仔猫?」目に映っているのは確かにふわりと柔ら…
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君がため、我が身ひとつで
それはまだ、彼の妖怪が幼い日のことだった。 まだまだ幼い人間の子供が、偶然人ならざる者たちの住う領域に、誤って踏み入ってしまったことがあったのだ。当然ながら、それを慈悲も容赦も一切なく追い返そうとしたがままならなかった。何故ならま…
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紅茶はいかが
体温はなくとも温かな感覚というものは、少しだがわかるようになった。それは彼の中で最近、胸を張って自負できることだ。彼にとって飲食は必要のない機能でこそあっても、自身の中で芽生えた感情を確認することの出来る瞬間だ。「今日の分はどうかね?」決ま…
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いかないでシリウス
妙なまでに落ち着かず、半端な睡眠と覚醒を繰り返す。住まいが変わって少なからず落ち着いたと自分自身では思っていたため複雑さを感じるが、身体が落ち着きを覚えるまでに至っていないことは間違いない。まだ慣れきってはいない部屋の窓から空を見れば、闇が…
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真昼の花火
嗚呼、こんなにも世界は美しい。雲一つない快晴の空の下、私は喜びを噛み締めた。生まれた場所も綺麗な場所ではあったけれど、少し窮屈なところだったと今にしてみれば思う。あの場所を飛び出して、広い世界を──その一端に過ぎないのだとしても──見たとい…
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黎明に散る
刻限が迫る。目の前の君は黎明を越えた先に至ることができない。それは決められたことだ、と君は諦めた顔で笑う。「なんで、そんな顔するんだよ」ただ純粋に悔しくて、悔しくて悔しくてたまらない。本当は交わるはずのなかったはずの関係に戻る。それは自然な…
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ぜんまいの魔法人形の視るものはかくも美しき
#1その目はそして開かれる――貴方にいつか、素敵な出会いが訪れますように。誰かの声がした。優しい声、あたたかい声。……あれ? 優しいってなんだっけ? あたたかいってなんだっけ?――もう行くわね。待って、行かないで。手を伸ばしたいのに、身体は…
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あの日を再び求む
言葉というのは毒だと思う。俺はその毒に翻弄され続けているんだ。ある時は人の明確な悪意という形で、ある時は無意識の刃という形で、明確な敵意と不明確な攻撃意思に振り回される。相手の言葉、自分の言葉、その全てに絶望の影がちらついているんだ。そして…
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軋む吊り橋の上に私は立つ
心というものは、いとも簡単に死ぬ。壊れてしまうかも知れない、止まってしまうかも知れない。人間が死さずとも心だけが死にゆくなんてことは、よくある話なのだ。きっと私もその瀬戸際に立っているのだろうと、この瞬間に思う。そう、この瞬間に。それは突…
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因習と理
この世界は因習で満ちている。それをはじめて実感したのはいつだったか、今となってはもうわからない。日々は同じようで少しだけ違う出来事の積み重ねで、変化を求めすぎたら淘汰されたり、何もしなさすぎたら変化のないぬるま湯に囚われて飼い殺されたりす…
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