気持ちを口にする価値を知る(tnzn)

「なぁ、善逸」
 そう呼びかける炭治郎の声は低く重たい。正面で相対する善逸からは返事はなく、かわりにびくりと肩が震えた。
「俺だって別に、文句を言いたいわけじゃないんだ。けれど、最近は忙しいわけじゃないんだろう? それなのにどうして毎晩帰りが遅くなるんだと、疑問なんだよ」
 どう考えても炭治郎の言葉は文句であり、苦言であり、そして嫉妬だった。
「それはほら、飲み会とかさ……付き合いがあるんだよ……」
 善逸の様子は心苦しいといった様子で、日頃から八の字になりがちな眉をさらに下げて、口にした言葉が澱む。
 炭治郎とてわかってはいるのだ。自身は学生で善逸は社会人、身を置く環境が劇的に違う。
 だが頭でわかっていても、心が全くついてこなかった。そこまでわかっているからこそ、炭治郎は自分自身に歯痒さを覚えて善逸にもきつく当たってしまう。
 悪循環以外の何者でもなかった。
「なぁ、たんじろ?」
 善逸が炭治郎の顔を覗き込んだ。下向きだった炭治郎の顔は、珍しいと感じるほどにありありとネガティブな感情を映している。
 同性を始めてからこんなことは初めてだった。
「ごめんな? 本当は俺だって帰ってきたい……」
「分かってる」
 善逸の申し訳なさそうな声を遮って炭治郎が顔を上げる。物分かりのいい笑顔がそこにはあった。
「わがまま言ってごめんな」
 いつもと変わらないような、その笑顔は善逸の瞳にはまるで泣いているように映る。
「俺はさ……」
 再び口を開いた善逸のことを炭治郎が注視した。いつも通りを装うその姿はそこはかとなく痛々しい。
「こんな話した後に不謹慎かもしれんけど、すごく嬉しいんだよ。炭治郎がこんなにも俺のこと想ってくれてるって。いや、申し訳ないのはもちろんなんだけどな!」
 苦笑しながら、そう言って退けた善逸の様子はたんじおるからしてみれば、清々しくそしてまぶしく映った。
「悲しい気持ちにさせたのはごめん、けどそれを教えてくれてありがとう」
 そんな言葉にたんじおるは、ただただ敵わないなと思わずにはいられない。
「……そんな風に言われると、もうこれ以上は何も言えないな」
 炭治郎はそう言って、苦笑する。先の貼り付いたような笑顔ではなく、どこか困ったような色を見せる表情は心からのものなのだと感じさせた。
「こちらこそありがとう、大好きだぞ善逸」
 今度はそんな真っ直ぐな言葉を向けて、炭治郎は善逸のことを抱き締める。
 善逸は驚いた様子で目を見開いたが、すぐに炭治郎を抱き締め返して「俺も」とだけ応えた。