——世界は美しい。
そんな月並みな言葉すら霞むような、一面の花畑が二人の前には広がっていた。
「すっごいなぁ!」
感嘆の声をもらしながらスレイは、目の前の景色にその瞳を輝かせる。色とりどりの花々は、一見するだけでは季節感をも無にしてしまいそうにも思えるほどの、多種にして多様なものだ。
ミクリオもまたその様子に興奮を隠しきれず、興味深そうに辺りを見回す。柔らかな彼の後ろで束ねられた髪が、ふわりと揺れた。
「なぁ、ミクリオ!」
「何か見つけたのかい? スレイ」
いつの間にか少し離れたところに立っていたスレイが、振り返りながらミクリオを呼んで手招きする。
「ここってすごく、イズチに似てないか?」
スレイの言葉にミクリオはハッとした。抜けるような青い空、生える青々とした大地、その鮮やかなコントラストはスレイの言葉の通り、二人の故郷であるイズチによく似ていたのだ。
「懐かしいなぁ……」
そう言ってスレイは遠い日を懐かしむように、目を細めた。実際、旅を続けている彼らが故郷に立ち寄ったのは大分と前の話だ。そうでなくとも、長い長い眠りを経たスレイの感覚からすれば余計にそう思うのだろう。
ミクリオは黙ってスレイの様子を見つめていた。改めて、彼が帰って来たのだという事実を噛みしめる。
「ミクリオ?」
すっかり感慨に浸るミクリオに、スレイはきょとんとした様子で小首を傾げた。
「なんでもないよ。確かに、イズチに似ているね」
返された言葉にスレイは、だよなと応えて笑う。そんなあまりにもありふれた時間、こんな当たり前の瞬間が尊く愛おしいものに感じられた。
「ミクリオ」
いつの間にか目の前にやって来たスレイが、覗き込むようにして見つめている。視線がぶつかるとすぐ、微笑んで見せるスレイの姿がどうにも眩しく見えてたまらなかった。
そんなミクリオの様子を知ってか知らずか、スレイは表情を変えることなくその場に腰を下ろして、ミクリオにも視線で腰を下ろすように訴えかける。その視線に応じてミクリオもまた、すとんと腰を下ろした。
すると間もなく、当たり前のようにスレイの唇がミクリオのそれに重なる。そんな雰囲気など全くなかっただけに、ミクリオは驚愕するばかりだ。
「んんっ……」
驚きは声となり、二人の唇の間から漏れる。だが、重ねられた唇は離れる気配がない。体を引き離そうとしたところで、その行為は全てが徒労だった。
どれほどの時間が経ったろうか。それは一瞬のようでも、長い時間のようでもあった。
ようやく離れた唇から、熱い息がもれる。
「スレイ……」
絵に描いたように不服を声にも表情にも乗せるミクリオに、スレイは悪びれる様子もなく破顔した。
「また君はそうやっていきなり……!」
「ミクリオが綺麗だったから、仕方ないだろ?」
やはり悪びれないスレイの物言いは、まるで砂糖を固めたような甘さの言葉でミクリオは絶句することしか出来なくなる。
「な?」
そう言うスレイは屈託のない表情で笑うばかりで、その余裕がミクリオからすれば口惜しい。
「さっきまで景色の話ばかりだったろ」
なんとか口にした言葉には、負け惜しみのように皮肉が混ざる。しかしそれを意に介することなくスレイはもう一度、今度は軽く口づけた。
「仕方ないだろ、花の中にいるミクリオが本当に綺麗だったんだからさ」
よくもまあ、こんな言葉が次から次へと出てくるものだと思う反面、悪い気はしない。馬鹿なことを言うなよ、そう口にしながらもミクリオはほんの少し頬を赤く染めて笑みを浮かべていた。
