時間よ止まれ、と望むことは無いだろう(エミマル)

 時の流れる音がする。
 それは時計の針が進む音であったり、誰かの歩く足音であったり、心臓の鼓動であったりと様々だ。
 確実に時間が経過していくことを表すそれぞれの音たちが、エミルは怖いと思った。それらは等しく自分を置いていく。
 何故ならば、それは人間を基準として全てが定義されるものだからだ。人間の物差しに当てはまることのない存在であるエミルにとって、それは本当にどうしようもなく怖いものだった。
 ほんの少し前まではそんなこと、考えもしなかったはずなのに。その落差がどうしようもなく恐ろしいものに思えた。
 望めばきっと、もっと人間らしく人間としての存在により近づくことも出来るだろう。だがそれもかりそめでしかない。
 精霊という存在であることを、覆すことは叶わない。いや、それを覆したいわけではないし、今こうしていることにも後悔はないのだ。
 ただ、マルタと――大好きな女の子といても、彼女と同じ人間ではないのだという事実が口惜しい。
 それこそ詮無い話だった。
 ついぞ気にしてしまわずにはいられない自身とマルタとのこの大きな違いは、折に触れてエミルのことを苛んだ。
 だが決して嘆いている、ということでもない。
 そんなことを吹き飛ばしてしまうほど、マルタと一緒に在るということそのものが幸せだ。そうだからこそ、時が流れていくことで日常が日常で無くなってしまうことを、つい考えてしまうのだ。
「ねぇ、マルタ?」
 青々とした草の生茂る小高い丘の上で、肩を寄せ合って隣に座っている彼女の名を、エミルは口にする。
 その呼び声に反応して、エミルの方に大きく輝く青空のような、澄んだ青い瞳が向けられた。
「どうしたの?」
 こてんと首を傾げて見せる愛しい人は、問いかける言葉とともににこりと笑う。
「僕、たまに思うんだ……時間が止まっちゃえばいいのにって」
「え?」
 エミルの言葉の意図が汲み取れなかったらしいマルタは、ほんの少しその青い瞳を見開いた。しかし畳み掛けるようなことはなく、エミルの真意を知るべく次の言葉を待っている。
「こんな毎日がずっとずっと、続けばいいのになって思うんだ」
「……そうだね」
 真意を察したのだろうマルタの瞳が悲しげに揺れた。だがその一方で、エミルのまるで草原を思わせる鮮やかな緑色の瞳には、悲観的な様子も苦しげな様子もない。
「でも、止まってちゃいけないなとも思うから」
「うん」
「こんな気持ちになるなんて、思わなかったなぁって」
「そっか」
 自身の気持ちを告げ切ったエミルの表情は晴れやかで、そして清々しいものだ。
 その姿にマルタもにこりと微笑んで、そっと隣のエミルの肩に頭を預ける。お互いに伝わる体温はあたたかい。
 二人の間にもう言葉はなかった。しかしそこには確かに通じるものがあり、柔らかな空気が在る。
 それだけで充分だった。
 
 やはり時間の経つ、そんな音にはこれからも怯えるだろう。それだけは逃れようのないことだった。
 しかし、それでもいい。と、エミルは思う。
 そんなところも含めて自分なのだと、今までの経験が、目の前にいる愛しい彼女が伝えてくれていた。