金の輝きは天使の如く(tnzn)

 息が苦しい、腹が痛い、頭が割れそうだ。
 そう感じて気がつくと、周りにはたくさんの人がいる。あれ、これってもしかして担架なのか?
 ぼんやりと考えているうちに、迅速に俺は担架に乗せられて運ばれていく。その先には何かが待っていた。何だろうあれ。
 動きますよ、そう声をかけられてから掛け声とともに俺の身体が持ち上がる。そのまま台か何かに乗せられて、俺の身体はさらに奥へと運ばれた。
 あ、これ、救急車か。そう気づいた時に、自分が運び込まれた扉がばたんと閉じられる。指先に洗濯バサミみたいなものが挟まれ、自分のことを呼ぶ声が聞こえた。
 でもその呼び声がどこから聞こえてきたのかが分からない。ぐわんぐわんと頭が揺れる。ほんの少し動くだけでも、俺の平衡感覚が驚くほど揺さぶられて、じっとしていることもままならなかった。
 車がゆっくりと動き出す。サイレンの音がやけに耳についた。車の動きがなおのこと、俺の平衡感覚を狂わせる。
 それでも必死に声の主を探して、少し首を動かしては平衡感覚が整うまで待ち、さらにまた動かしては待ちを繰り返す。目の向く方向が変わるたびに、テレビドラマでしか見たことのないような機械が次から次へと自分の視界に映り込んできた。
 これは血圧を測っているのだろうか、それとも心拍数? 機械が何の役割を果たしているのかすらよくわからないまま、また首を動かす。
「無理しなくてもいいですよ」
 さっきよりもはっきりと、声が聞こえた。きっとこの人の声だ、確信なんてないはずなのにどうしてだろう、そう思えてならない。やっと声の主の姿を見ることが出来ると、俺は必死に首をまた動かした。
 やっと目に映った人を見て、俺は自分の目を疑ってしまう。そこには金髪の看護師の姿があったからだ。
 救急車の中にいるはずの俺の前に、看護師がいるのはおかしいのではと思うが、もしかしたらおかしいと思うことでもないかもしれない。どちらが正しいのかどうかすら分からず、揺れる割れそうな頭で必死に考えるが、こんな状態できちんと判断ができるわけもなかった。
 ただ、少なくとも俺の目には金髪の看護師が、白衣の天使が見えている。実際にどうかはこの際どうでもよくて、今この瞬間に目に映っているものが全てだった。
 こんなに綺麗な人は初めて見たのではないだろうか。俺は真っ直ぐに金髪の人を見て、手を伸ばす。今の俺はどんな風に映っているのだろう、何だかそれが妙に心配に思えた。
「大丈夫、もうすぐ病院に着きますよ」
 金髪の人は俺に声をかけてくれる。白衣の天使ってきっとこういう意味なんだろうな、などとどうでもいいことを考えては、手を伸ばした。
 そうしている間にもけたたましくサイレンは鳴っているし、動く車の揺れは俺の頭を大きく揺らす。揺れによって吐き気が胸にせり上がってきた。思わず伸ばしてい手を戻して、口元を抑える。
「吐きそうですか?」
 金髪の人が、何かを持って近づいてきた。髪の毛は短いが、本当に美しい金色で長く伸びた姿は美しいだろうなと思う。
 正直、こんなことを考えている場合では全くないのだが、現実逃避としてはもってこいだった。これで気を散らすことが出来るのならば、悪くはない。そう思うことにした。
 俺の口元には金髪の人があてがった袋がある。そして目の前にはその当人の姿があった。あまりにも近くにその姿があって、どきりと俺の心臓が大きく鳴る。
 これが、一目惚れというやつなのだろうか。と、考えたときに再び衝撃が俺の中に走った。
 
 この人、男の人だ。
 
 しかも、看護師でもない。金髪なのは間違いないが、がたいの良い男性で、救命士か何かだろうか。
 穴があったら入りたい、こんな勘違いは失礼にも程がある。申し訳なさでもう死んでしまいたいとすら思えてきた。
「大丈夫?」
 俺の表情がよほどだったんだろう。金髪の人は心配そうに俺のことを覗き込んでいた。その顔もその声も、よくよく確認してみなくてもわかる。まごうことなく男の人だ。
 信じられない。本当に、自分はおかしくなってしまったようだ。頭が痛い、いやずっと痛いのだけれど。それとは別の意味で頭が痛くなってきた。
「もう着きますよ」
 金髪の男性が俺に声をかけてくれる。その声の後すぐに、がたんと大きく車が上下に揺れた。きっとどこかの病院の敷地へ入ったんだろう。救急車の動きが前進から後進へと変わり、ついに止まった。
 動きますよと再び声がかけられて、俺の身体が支えれながら移動していく。救急車の中に金髪の人がまだ残っていて、俺の様子を見守っていた。
 もうあの日が男の人だとわかっているはずなのに、どうしてだろう――あの人のことが気になって仕方がない。
 やっぱり、これは一目惚れなのかもしれないと思った。
 
 
 
 救急車で運ばれ、そのまま検査で入院させられた。俺は不甲斐なさを感じながらも、ろくに動くことも出来ずにベッドごと移動させられ、病室と検査室を行き来させられる。
 けれど、それも長くは続かなかった。原因がわかるとあっという間に全てが改善していったからだ。薬が少し出て、何だか説明を受けた後に衝撃的な体操のようなことをさせられて、それだけだ。
 病院には両親が来てくれていて――救急車にも乗っていた――世話をかけてしまった。いつも頑張りすぎだから、神様が休めって言っているのかしらね、とは母の言葉だ。ホッとしているのと、ほんの少しだけ楽しげに母は俺の近くにいてくれた。
 けれど俺の頭の中は、例の金髪の人で実のところ埋め尽くされていて、調子が良くなってきて自分で動けるようになってくると、必死になって彼のことを探し始めたんだ。両親も、兄弟も、俺のことを心配していたけれど、もうすぐ退院だと担当してくれた医師から告げられていた俺にとって、この最初で最後かもしれないチャンスをものにしなければいけない、という気持ちしかなかった。
 それでも俺は病み上がり。突然いつものように動くことはできないし、激しい動きは眩暈を引き起こしたり何となく平衡感覚がおかしくなっているような、そんな気さえした。
 やりたいと思うことをうまくやれないもどかしさ。それが逆に俺を突き動かしていた。
 きっとあの人は救急隊員だ、想像でしかないけれど。そうであると信じて、救急の人が通りそうなところをリハビリと称してウロウロと歩き回っていた。
 それでも金髪の人はおろか、彼と近しい職についているだろう人間すら見かけない。これは読みを外したかもしれない、病に冒された人間の能力は想像以上に激減していたのだろうなと、悔しさが込み上げてくる。
 ただ、もう一度だけでいい。あの人を見たかったなどと、真面目かつ我儘など考えもしないような俺にしては驚きの執着を発揮していた。
 それほどに金髪の、あの人物に俺はすっかり入れ込んでしまっている。まさしく一目惚れだった。
 だが、この病院に俺がいる時間は長くない、じきに目眩からは解放される。処置は施されており、緩やかな回復を待ちながらリハビリを行なっている最中だ。
 だからこそ、今しかない。
 金髪のあの人物が院内にいると信じ、俺はリハビリがてら廊下を徘徊し続けていた。
「……あれ?」
 俺の背後から声が聴こえる。その声はまさしく追い求めていた人物のものだった。
「さっきの……?」
 ぐるりと振り返った視線には、予想の通り求め続けた探し人の姿がある。記憶の通り明るい金髪を持った青年は、細身でありながらもしっかりとしていて、力強さを感じさせる体つきを持っていた。
 会いたいと、そう思ってひたすらに探していた人物ではあるが、いざ目の前に探し人が現れるとどうしたらいいかわからない。
「あ……あの……」
 ようやく口を開いたが、ろくに言葉を紡ぎ出すこともできない。もどかしい思いを抱きつつ、言葉にならないほどの声すらも吐き出すことができなかった。
「どうかした?」
 金髪の青年は首を傾げ、俺のことを覗き込む。その様子は心からの心配を感じさせ、いっそ笑えてしまうくらいだ。
「俺……」
 気持ちを伝えようと開く口からは、途切れてしまった言葉の断片だけが溢れる。
 金髪の青年はその様子に急かすこともせず、ただ俺のことを見つめた。それは俺にとってありがたくもあり、同時に心苦しさと焦りも抱かせる。
「あなたにお礼を言いたくて! 名前を、教えてもらえませんか!」
 それが精一杯だった。
 俺を見てきょとんとしつつ金髪の青年は「我妻……善逸……」と困惑気味に答える。
「俺は、竈門炭治郎です!」
 俺の声は廊下に響き、俺がここにいるんだと言うことをさらに主張した。
「本当に、ありがとうございます」
「いや……俺は仕事しただけだから……元気になってよかったよ」
 まだ困惑を見て取れる善逸だが、それでも笑って俺の回復して行っている状況を喜んでくれているようだ。
「ありがとうございます。我妻さん」
 言葉を返しつつ俺は笑って見せる。
 どうにも温度差を感じてしまいつつも、俺が一目惚れした相手である善逸は曖昧に微笑む。
 
 これが、全ての始まりとなったのはまた別の話だ。