変わる関係、変わらぬ想い(tnzn)

 時代は変わり、幾度もの季節が巡る。
 輪廻転生というものの有無については賛否の分かれるところだが、時代や季節と同じく巡るものというのが彼の持論――もとい、認識している真実だった。
 彼、竈門炭治郎はこの世界の有り様を具に見てきた、いわゆる傍観者だ。彼自身は変わり時代とは別の時間を生き、巡る季節を遠く眺める。輪廻転生の輪から外れてしまっている炭治郎は、世界そのものに干渉することも許されない。
 神ともまた違う、この世界を観測するという任のみを与えられて囚われた存在。それが今の炭治郎だ。彼に許されるのは、かつてこの立場になる前の人としての記憶や想いを持ち続けること、その時の姿形を保てること、そして自由に世界を観ることができること。それだけだった。
 今日もまた、炭治郎は世界を俯瞰する。
 ぐるりと見回す世界は、彼の人として生きた頃と比べると目覚ましい発展を遂げ、すっかり様変わりした。しかしかつてと変わらず人々の営みがそこにはあり、その様子は炭治郎を安堵させる。
 そしてそんな炭治郎に許された自由の中で探すのは、今も変わらぬ想いを抱くものの今生の姿だった。 
 我妻善逸。幾度となく生まれ変わったその先で、何度も輪廻し転生する先でも変わることのない、炭治郎の想い人だ。
 今生の善逸は、炭治郎が人だった頃と同じく彼がじいちゃんと慕う存在がいる。かつての折には残念ながら死に別れたが、今生では家族に等しい関係を築けているようで大変喜ばしい。
 かつてと変わらず美しい金髪と、蜂蜜のような色の瞳を持つ善逸の姿は見間違いようもなかった。
 彼の変わらぬ姿に安堵しながら、炭治郎は懐かしそうに目を細める。目の前に映る老人に笑いかける善逸の姿にそっと手を伸ばしてみるが、当然ながら届くはずもない。
 分かっていたはずの現実を改めて思い知らされて、大きなため息とともに視線を落とした。
 幾度これを繰り返しただろう。犯した罪を贖うためとは言えど、あまりに長い時を独りで過ごすことは自分自身が承知したこととはいえ、あまりにも息苦しい。深い悲しみが炭治郎を包み、絶望が胸に灯る。
 そのとき、炭治郎の視界が煌めいた。
 何事かと目を瞬かせると、まるで光源の塊のような光を放つものがひとつ、炭治郎の手の中に降りてくる。
『炭治郎、ちゃんと聴こえてる?』
 それは求めてやまなかった、炭治郎の想い続けた“善逸”の声だった。
「ぜん……いつ……?」
 炭治郎はどれほどぶりだろうか、この場で言葉を発する。懐かしく、あまりに懐かしく、そして胸に重い苦しさが残った。
『俺の存在を望んでくれてありがとう。今の炭治郎はどれくらいの輪廻を見てきたのかな? 大変なんて言葉では片付かないくらいだったんだろうけど、お疲れ様』
 姿も形もない。ただ、光から声だけが溢れた。
「どうして……」
『あ。今、絶対どうしてって言っただろ。炭治郎の姿も声も聴こえないまま喋ってるけど、俺だってそれくらいは分かるんだからな』
 まるで見ているのでは、と思えてくるほど絶妙なところで善逸が軽口を叩く。互いに一歩通行の状態ではあるのだが、会話をこの瞬間にしているのではないかとそう思えてくるほど、善逸の指摘は的確だった。
「善逸……」
『……炭治郎、お前はすごくよく頑張ったよ。俺の分まで、ほんとごめん。で、ありがとう。だから』
 炭治郎は必死に耳を傾ける。一言一句、善逸の言葉の全てを受け取ることが出来る様に、一欠片すら取り落とすことのないように。
『今度は、俺の番』
 善逸の声は笑う。少なくとも炭治郎にはそう思えた。きっととてもいい笑顔を浮かべていたのだろうその声は、少し間を置いて次の言葉を紡ぐ。
『もう、炭治郎はここにいなくても良くなったんだ。輪廻に戻って、いいんだよ』
 炭治郎はその言葉の意味が一瞬わからなかった。何かを認められている、それだけはわかるがそれ以上のことがわからない。
 否、わからないというよりは、考えもしなかった言葉を受け取れないと言った方が正しいかも知れなかった。
『輪廻に戻ったら、俺のことはもう思い出せなくなっちゃうかもしれないけどさ……もう一度会えたら……笑ってくれよな』
 歯切れの悪い言葉は、どこか悲しげでそれでいて晴れ渡る空のように爽やかだ。
『炭治郎、幸せになれよ』
 まるでそこに自分は含まれないような言葉とともに、善逸の声はぷつりと消えた。てのうちに抱いていたはずの光は消えて、そこには何も残らない。
 まるで善逸の存在そのものが消えてしまったように思え、炭治郎の目からは大粒の涙がひとつ、またひとつと溢れて落ちる。
「どうして、どうしてなんだ善逸……」
 涙を拭おうとすることもなく、誰にも届かない言葉を紡がずにはいられない。当然ここにはもうずっと誰もいない、だからこそ誰かにこの言葉が届くことはないし、善逸に届くはずもないのだが、それでも何かを言わずにはいられなかったのだ。
「俺は、善逸と一緒に幸せに……なりたいのに……!」
 光が消えてしばらく、炭治郎の身体も少しずつその存在を失って、消え始める。
「善逸……会いたいよ……」
 弱音をこぼしたと同時に炭治郎は、その場から忽然と消え去った。
 まるで、初めからそこには誰もいなかったかのように。
 
 幼い頃、不思議なものを見た。
 見たこともない人のはずなのに、何故だろうとても懐かしくてずっと涙が止まらなかったことを、よく覚えている。そんな夢だった。
 その人は、金色の髪をなびかせて照れ臭そうに笑っている。困ったように下がった眉毛が、微笑ましくもあり胸を締め付けるような苦しさも与えた。
 全く知らない、それは間違いない。だが、知っているような気がしてならなかったのだ。
 とは言っても、それ以降に金髪の人を夢に見ることはなく、幼い頃に一度見たその人の記憶を何度も何度も繰り返し反芻していた。
 気がつけば、記憶にある金髪の人を追いかけるばかりになって何年もの月日が過ぎ、すっかり大人になってしまっていたのは、本人も驚きだ。
 桜の花びらが舞い散る道で、空を見上げながらやはり脳裏には、やはり例の金髪の人物の姿ばかりが浮かぶ。目の前にはもちろん存在しないはずの金色の鮮やかさに、思わず目が眩んだ。
 すると、目の前が本当にきらきらとした光に染まる。定まらない焦点を何とか合わせて、光の主を見つめると、そこには脳裏に焼きついた金髪の人物がいた。
「あ……」
 金髪の彼は、呆気に取られている様子で言葉にならない声を漏らす。その姿に思考が、勢いよく回転し始めた。自分の記憶ではない、それでも魂に刻まれた記憶が確かにある。
「ぜん、いつ……なのか?」
 問いかけられた言葉に、金髪の彼が目を見開いた。そして彼の琥珀の色をした瞳に、みるみる涙が溜まり、そしこぼれ落ちる。
「たん、じろ……?」
 二人は目の前にいるのが、かつて想いあった相手であることを思い出していた。最初の出来事から、引き離されて、離れ離れになってしまってからも互いを想った相手だ。
「幸せになれって何だよ……幸せになるんだろ? 二人で……」
「だってお前、せっかく輪廻に戻れて生まれ変われたんだからさ……俺なんかじゃなくてもっと」
「俺は!」
 善逸の言葉を、炭治郎は怒気を含んだ声で遮る。
「善逸と一緒に、幸せになりたいんだ!」
「……うん、俺も」
 やっと肯定の言葉を口にする善逸に、炭治郎は微笑んでみせた。
 輪廻転生は巡り巡ってその存在を変えていく。しかしその中にも、変わらぬ想いが確かにあった。