竈門禰豆子は輝く(kmbk)

 我妻善逸は悶々としていた。
 そのあまりにも真剣な具合は、蝶屋敷の面々を不安と心配に陥れ、伊之助に笑われ、炭治郎にまで心配される始末だ。
 あんまり過ぎじゃない ――とは善逸の言だが、実際そんな状態になってしまっているのだから、仕方がない。
 そんな善逸が悶々としているのは、炭治郎がぽろりと落とした言葉が始まりだった。
「もうすぐ禰豆子の誕生日なんだ」その言葉は、善逸の耳に突き刺さるようにして届き彼の中を支配する。
 彼女の誕生日に、何か出来ることはないものだろうか。それが善逸が頭を悩ませる主な理由だ。そして、今日はその誕生日の当日だった。
「なぁ、炭治郎ぉ」
 任務のない昼間、善逸は炭治郎の隣に腰を下ろしながら問いかける。
「どうかしたのか? 善逸」
 いつものように人の良い対応を返しながら、炭治郎はにこりと微笑んだ。
「禰豆子ちゃんって、何が好き?」
 善逸の問いに炭治郎は、少し唸ってから金平糖が好きだったなと口にした。
「金平糖、か。他には?」
 さらなる問いかけに、炭治郎は再び唸り声を上げる。
「何だろうなぁ……でも、最近の禰豆子は善逸に連れて行ってもらう散歩、気に入ってるみたいだぞ?」
「えっ、そうなのぉ?」
 炭治郎の言葉にそれまでの真剣な声色から一転して、猫撫で声というようなもので善逸はそわそわと落ち着きのない様子を見せた。
「どうしてそんなに気持ち悪い笑い方をしているんだ?」
 相変わらず辛辣な炭治郎の言葉に、善逸は苦虫を潰したような表情を浮かべる。
「だから何で、たまにそんなきついこと言うわけ……?」
「思ったことを言っただけだぞ」
「酷過ぎじゃない」
 いつもと変わらぬやりとりをしながら、それでも善逸は悶々と考えを巡らせた。炭治郎の話から思うに、いつものように散歩に連れ出すのも悪くはないように思える。
 だが、それだけではだめだ。それではいつもと変わり映えしない。
 誕生日を祝うということは、生まれてきた日を祝うということだ。善逸としてはそれを特別にしたかった。
「俺、ちょっと出かけてくる」
 善逸はその場に立ち上がると、急ぎ足で屋敷の外へ向かうべく歩き出す。後ろから続く足音があったが、善逸はひとまず振り返らないことにした。その音の主は炭治郎に間違いなかったし、やましいことも後ろめたいこともなかったからだ。
 結局のところ、実質的には二人で街に繰り出すことになった。
 
 
 
 太陽は西に沈み、空には月と星が登る。訪れた夜に呼ばれるように、ぎぃと音を立てて背負い箱の扉が開いた。
「禰豆子ちゃぁん、おはよぉ」
 扉の前には善逸の姿がある。だらしのない笑みを浮かべながら、それでも嬉しそうな様子で禰豆子に一歩近づいた。
「こら、やめるんだ善逸」
 善逸の首根っこを掴み止めながら、炭治郎が静止の言葉を口にする。そして禰豆子に対して笑いかけると、再び口を開いた。
「おはよう、禰豆子。今日はみんなで散歩に行かないか?」
「む?」
 禰豆子は小さく首を傾げて、炭治郎と善逸のことを交互に見つめる。そしてひとつ頷いた。
「よかったぁ! 行こう、禰豆子ちゃん」
 心底幸せという笑顔と共に善逸が立ち上がり、炭治郎が禰豆子の手を引く。
「行こうか、禰豆子」
 二人の楽しそうな様子が伝わったのか、禰豆子が足取りも軽く歩き出した。
「来たな、お前ら!」
 庭まで出ると、そこには伊之助が立っている。仁王立ちをし、抜群の存在感を発揮する伊之助は、どこか自慢げに見えた。
「伊之助、どこに行ってたんだ?」
 尋ねる炭治郎に対して、伊之助は殊更胸を張る。
「お前らに良い場所を見せてやるぜ、ついて来い」
 問いに答えることはなく、伊之助は走り出した。屋敷の外に飛び出すと、一目散に駆けて行く。
「あいつ、何考えてんの、全く!」
 善逸は怒りながらも伊之助を追い、炭治郎と禰豆子もそれに続いた。
 しばらくは伊之助が先導し、善逸そして炭治郎と禰豆子がそれに続くという状況に変わり無く、どこへ向かっているのかもわからない。森へ分け入り、坂を上り、そしてたどり着いたのは開けた場所だった。
 月明かりが照らし出すその場所は、夜にも関わらず花が咲き乱れ、美しくそして幻想的な光景が広がっている。
「すげぇだろう! 子分のお前らにだけ特別に見せてやる」
 やはり得意げに胸を張る伊之助は、猪頭を被ったままだがその表情が容易に想像できた。
 炭治郎と善逸は目の前に広がる光景に目を見張り、禰豆子もまたぼんやり虚さのある桃色の瞳を輝かせる。
「確かにこれはすごいな、伊之助」
「そうだろう!」
 真っ直ぐな炭治郎の賛辞の言葉に、伊之助はさらに胸を張った。
 善逸はゆっくりと禰豆子へ近づくと、手を差し出す。
「禰豆子ちゃん、お誕生日おめでとう」
 不思議そうにしながらも、禰豆子もまた手を差し出すと、善逸の手から小さなものが転がり落ちた。それは小さな硝子瓶に詰まった金平糖だ。細工が施された小瓶は首から下げられるようになっていた。
「炭治郎とさ、選んだんだよ。今、禰豆子ちゃんは金平糖を食べられないけど、これならどうかなって思って」
 にこりと笑う善逸の後ろで、炭治郎もまた穏やかな表情を浮かべている。
 手のひらに乗った瓶を転がしながら、食い入るようにそれを見つめる禰豆子の瞳は、先程の花畑を見つめるものと同様にきらきらと輝いて、心なしか嬉しそうに見えるものだった。
「禰豆子、誕生日おめでとう」
 喜んでいる禰豆子の姿を愛おしそうに見つめながら、炭治郎は祝いの言葉を口にする。
「何だ、ねず公。めでたいことでもあったのか」
「誕・生・日! 今日は禰豆子ちゃんの誕生日なの!」
 伊之助は誕生日、という言葉について考えているのだろうか、少し動きを止めてから「よかったな!」とだけ言葉を口にした。
 そんな祝いの言葉たちを受けて、禰豆子は三人を見回してまた瞳を輝かせる。
 月と星の浮かぶ空の下、花畑の中に在る禰豆子は笑っているように見えた。