猫に恥じらいはなし(tnzn)

 ごろごろ、喉を鳴らすように炭治郎に寄り添うのは猫ではない。
「ぜん、いつ?」
 炭治郎の同期である我妻善逸、その人である。しかし彼の動作は、見るからに猫の動作そのものであり、炭治郎を狼狽させるには充分すぎるものだ。
 見上げてくる善逸の瞳は、いつもと同じもののはずであるが、そこはかとなくいつものそれよりも獣じみた気配を帯びていた。
「どうしたんだ、善逸?」
 もう一度呼びかけてみても、首を傾げながら見上げてくるばかりで、善逸は何も応えない。もう一度、その頭を炭治郎の身体に擦りつけるようにすると、満足げに喉を鳴らした。
 
 どうにか擦り付いてくる善逸を引きずって、しのぶに診てもらったことで分かったことは、正直な話あまり多くはなかった。
 大きな収穫といえば、この善逸の状態は恐らく一時的なもので、一日もすれば元に戻るだろうという見立てを得られたくらいのものだ。
 その間にも善逸は炭治郎の周りをぐるぐると回ったり、擦り付いたりするばかりで困惑が積み重なるばかりだった。
「善逸」
 呼びかけてみてもやはり首を傾げるばかりだが、どうやら自分のことを呼ばれているとは理解しているらしい。名を呼ぶと必ず炭治郎の目を見て首を傾げるのだ。
 その動作は可愛げを強く感じさせ、いつもとは異なる善逸の姿に炭治郎自身も驚くほど感じ入るところがあったが、その誘惑にも似た何かを振り払うようにその首を大きく横に振った。
「にゃん」
 文字通りの猫撫で声が響く。相変わらず善逸は炭治郎の機嫌を取ろうとでもしているように擦り付いて、全く離れようとしなかった。
 縁側に腰を下ろしてみると、当然のように隣に座って善逸は、炭治郎の肩に頭を擦り寄せる。
 当然ながら善逸の状況は心配ではあるのだが、それ以上にふわりふわりと浮き上がってくるのは、さながら猫である今の様子への愛着だ。
 炭治郎は愛おしさにその目を細めながら、善逸の喉元にそっと手を差し出す。するときょとんとした様子でその手を見つめ、すぐに善逸は差し出された手に頬を寄せて、そして顎を乗せた。見上げる視線はきらきらと輝いて、眩暈を覚える。
 その炭治郎の様子になにか感じるところがあったのか、善逸は手に顎をのせたまま首をまた傾げた。
 たまらず喉をさすってやりながら、背中も撫でてやると善逸は本当に猫になってしまったかのように、ごろごろと喉を鳴らす。信じられないほどに、猫らしい動作に炭治郎は驚きながら、喉元を中心にさらにさすってやった。
 そうすると今度は、幸せそうにまた喉を鳴らしてから仰向けに腹を見せてくる。炭治郎の方もすっかり猫を撫でている気分になってきて、善逸の腹を撫で回すとくすぐったいらしく、もぞもぞと幾度となく動いてはそれでも撫でるように動作で求めた。
 
 
 
 そんなことを延々と続けていたのだが、ふとした瞬間に善逸が夢から醒めたように正気に戻る。しばらくは何が起きていたのか分からないと言った風で、目を瞬かせていたが段々と自身の行動を思い出してきたのだろう、みるみる頬から耳までもが真っ赤に染まった。
「……さっきまでのことは、忘れてくれ」
「……とても可愛かったぞ」
「いいから忘れろ!」
 真っ赤な顔で凄んだところで、迫力など皆無だったが善逸の必死さだけは十二分に伝わってくる。
 炭治郎は渋々ながら、善逸の提案を承諾したがその表情は、いつになく緩みきっていて善逸からしばらくそっぽを向かれてしまうことになったのだった。