無意識の意識(tnzn)

 琥珀と赫灼の視線が絡み合う。しかしその視線はどちらからともなくすぐに外れて、互いが明後日の方向を向いてしまった。
 ここ最近ずっとそうなのだ。どうしてだったか、今となってはそのきっかけを誰も思い出せなくなってしまっていたが、今までは仲良くやってこれたはずの炭治郎と善逸の二人が視線を合わすどころか会話をすることすらままならない。
 半ば意地の張り合いにも近い二人の様子を見つめるのは、伊之助と禰豆子だ。
「ありゃあ何だ?」
「むぅ?」
 伊之助も禰豆子も揃って首を傾げながら、炭治郎と善逸の様子を見つめている。だが、見つめてみたところで何が変わるわけでもない。実際、炭治郎と善逸の間には確かに気まずい空気が流れていて、落ち着きのない様が展開されているばかりなのだ。
「あいつら馬鹿じゃねえのか」
「むぅ! むー! むー!」
 呆れた様子の伊之助に対して、禰豆子は竹轡の下から必死に不服の声を上げる。その声の意味を知ってか知らずか、伊之助は炭治郎たちと禰豆子を交互に一瞥してから部屋の外に向かって歩き出した。
 さらに気まずい空気になることを恐れた善逸が、素早く移動して伊之助の前に立ちはだかる。
「何だよ、紋逸」
「何だよじゃないんだよ! お前、ここでどっか行くとかあまりにも薄情すぎるだろ!」
「知るか! 俺様はこれから山へ行くんだよ! 山の王だからな!」
「頼むよ、ここにいてくれよぉ」
 必死に伊之助にすがる善逸をよそに、炭治郎は禰豆子の元にいた。
「むーむー、むー!」
「ん、どうした禰豆子……あぁ、心配してくれてるのか。大丈夫だよ」
「何が大丈夫だよ! お前、この数日俺がどんな気持ちだったか分かってそんなこと言ってんだろうな!」
 同じ部屋の中にいる善逸があらん限りの不服の声を発する。どんなに小さな声で喋ろうとも、同じ部屋の中にいるのであればほぼ間違いなく善逸には全ての言葉が筒抜けだ。彼の聴覚は一言一句その言葉を聴き逃すことはなく、気まずい空気だったはずにも関わらず全力で不服を申し立ててくるところがあまりにも善逸らしくて、炭治郎は思わず吹き出してしまう。
「笑いごとじゃないの! 分かってんのかよ!」
「悪い、でもやっと話ができたなと思って」
「……あ」
 善逸は指摘される瞬間までそのことに気付いていなかったようで、それまでの勢いが一気になりを潜めて静かになった。そしてさらには頬まで赤く染まり始めて、これには炭治郎も驚く。
「どうした善逸」
「なんか、すげえ……恥ずかしくなってきた」
 視線を逸らしながらぼそりとそう言う善逸は、耳まで真っ赤に染まっていた。その姿に炭治郎もまた、妙に気恥ずかしさを覚えて黙りこくってしまう。初々しさやもどかしさを感じさせる二人の様子に、それを見る伊之助の大きな大きなため息が届いた。
「なんだ伊之助」
「お前、何か言いたいことがあるなら言えよ。らしくもない」
「らしくない、ってんならお前ら二人だろうが。もじもじしやがって」
 どうにもみていられなくなる二人の姿に、伊之助が業を煮やしたという大層分かりやすい状況が繰り広げられる。ふんと鼻を鳴らしてしてやったりと言わんばかりの様子の伊之助に対して、炭治郎と善逸は文字通りまさしくしてやられたという間の抜けた表情を浮かべていて、どうしようもなく格好のつかない状況になっていた。
 そしてまた、今度は二人して吹き出す。
「確かに、伊之助の言う通りだな」
「だなぁ」
 そう言って笑い合う二人の間には、淡い恋の気配が漂っていた。
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「これは見てはいけないものだった」

 きっかけは些細なことだった。
 その二人は同期なのだとは知っていたが、ふと二人の姿を見かけた時のことだ。どうにも距離感が近いように見えた、本当に最初はただそれだけだった。

 彼はその二人よりも少し早く選別を潜り抜け、隊へと入ることが出来たしがない一般隊士である。特に取り立てて大きな功績をあげたわけでもなく、目立つことなど全くないと言っていい。そんな彼に対して件の二人は片や鬼を連れていると噂のたつ剣士、片やあまりにも珍しい金色の髪を持つ剣士だった。そして彼らはその見目のみにとどまらず、その活躍もまた華々しく今や階級は彼らの方が上なのである。
 それはいい、問題は鬼を連れていると噂されている剣士――竈門炭治郎、と言ったはずだ――の、金髪の剣士――こちらは我妻善逸、で間違いないはずだ――へ対する態度に、どうにも違和感を覚えてしまうのだ。
 竈門は側から見ても面倒見の良い方だ、それは分かる。実際疲れ切っていた彼に大丈夫かと声をかけ、話までしていったのだ。はっきりと彼はその時の竈門のことを覚えている。
 しかし、しかしだ。我妻に対する竈門は、面倒見が良い世話焼きな性格、という表現では圧倒的なまでに不足している、何もかもが足りていない。それは度までに過剰に我妻に対して干渉するのだ、ともすれば歪とすら思えるほどに。そして我妻もまた、それをされるがままにしていて寧ろその竈門の行動に縋るようにも見えてしまい、彼は自分の目を疑うことしか出来ずにいた。
 そしてそんな目を疑うばかりの様子はどんどんとエスカレートしていくばかりで、日々見かける度に彼らの距離感はおかしさを増していく。竈門も我妻も一人でいると落ち着きがない、そわそわとした様子で辺りを見回しては足早にその場所を去っていくのだ。どんな状況なのか、詳細はもちろん知る由もなかったがきっとお互いがお互いを探しているのだろうことは、容易に想像することができた。
 ともにいる時の彼らの交わす言葉の大半は、何事もない同期や友人同士の交わすものなのだが、ふとした時に竈門が「絶対に離れないでくれ、一緒にいて欲しい」と当たり前のように話している。その言葉に我妻の表情はどこか恍惚さも感じさせる様子で「当たり前だろ、炭治郎」と言葉を返していて、そこには執着と狂気が見え隠れしていた。
 側から見ているだけでもこれでいいのか、と問いかけたくなってくる。彼にしてみれば、純粋に心配だった。
 あれは一体なんなのだろうか、膨らんだ疑問は彼らの身の心配と得体の知れない不安となって彼の中に巣食う。その想いを抱いて彼は立ち上がった。

「なぁ」
 そう声をかける彼の前には、竈門と我妻の姿がある。
「お前ら、そのままでいいのか?」
 おもむろに尋ねられた言葉の意味を分かりかねているかのように、我妻は首を傾げて見せた。
「どういう意味だろうか?」
 問いかけを問いかけで返した竈門に、彼の背筋は震え上がる。笑みを浮かべているはずの表情が、まるで凍りついた冷たいもののように思えて恐怖を抱かずにはいられなかったのだ。こんなはずではない。
「そのままの、意味だよ……」
 やっとの思いで答えた彼の声は、小さく震えていて消えない恐怖が漏れ出しているようだった。
「俺たち、おかしいことは無いと思うけど」
 我妻の声は純粋に疑問の色を帯びているようにも感じられたが、彼に向ける視線は驚くほどに鋭く、これは触れてはならないものだと本能が告げてくる。自分の方がおかしいのかも知れない、と彼がそう錯覚してしまいそうになるのも無理はないという話だった。何せ、圧倒的すぎるほどの威圧感とで我妻だけでなく竈門までが彼を見つめてるのである。
「……なんでもない、忘れてくれ」
 気がつくと彼はそう口にしていた。諌めようとしていたはずなのに、どうしてそんな言葉を発してしまったのか全く分からなくなっていたが、彼は今すぐにでもこの場を離れたく仕方がなくなっている。身体の芯まで凍りつくような、しかし全く得体の知れない恐怖が纏わりついていて離れない。今この瞬間にも逃げ出したかった。
「邪魔して悪かったな」
 必死に逃げ出そうとする彼に、竈門は静かに笑みをたたえていて我妻はもう一度その首を傾げた。その様子すら目にしたくないと言わんばかりに彼は早足で歩き出したが、竈門の横を通り過ぎる時に辛うじて聞こえるほどの声が彼の耳に飛び込んでくる。

『今度邪魔をしたら、容赦はしない』

 そう聞こえた気がして思わず竈門の方を見遣ると、彼は表情一つ変えぬまま鋭い眼光を光らせていた。そしてその奥から向けられる我妻の視線もまた怖気を感じさせるほど鋭く、これは触れてはいけないものだったのだと再び恐怖を全身に抱く。
 もう、二度と、彼らとは関わるまい。彼は強く、強く決意を固めた。