「善逸、朝だぞ」
朝焼けの光が障子の隙間から射し込んでくる。うっすらと照らされる室内は、明るいというにはまだ程遠い。そのまだ薄暗さの残る中で炭治郎は身体を起こし、微塵も眠気を感じさせぬ様子でまだ夢の中にいる善逸の身体を揺らした。
「ん~……」
夢から醒めることを拒んでいるように、善逸はひとつ寝返りを打って炭治郎に背を向ける。
「だめだ、善逸」
布団を被りその下で丸くなっている善逸を、もう一度揺さぶって起こそうと試みるがその行動に対する結果は芳しくない。
「善逸」
呼んでも呼んでも頑なに動こうとしない、というよりわかってはいるが動きたくないという我儘を通そうとしているのが、様子からも炭治郎の鼻に届く匂いからも感じられる。しかしその我儘を通してやるわけにはいかない、これから二人は鬼殺隊の任務へと揃って赴かなくてはならないからだ。
「起きるんだ、善逸」
「んん~……まだ寝かせてくれよぉ」
「だめだ」
「もうちょっとだけぇ……」
「ほら」
呼びかけにやっと応えた善逸に、炭治郎は根気強く呼びかけ続ける。だが、うわ言のようにまだもう少しと睡眠を切望する善逸に対し、多少なりとも後ろめたさを感じずにはいられない。
覚えた後ろめたさを押し込めて一思いに布団を剥がすと、丸くなった善逸のとなりにしゃがみ込んで上半身を抱え起す。
「うぅ」
引っ張り起こされる形で上半身を起こすことになった善逸だが、うっすら開いた黄色の瞳には不服の感情がありありと映り込んでいた。
「空はまだ暗いし、瞼は重いし、身体も重いし、腰がだるい」
口をついて出てくる不服の列挙を、炭治郎は黙って受け止める。神妙な面持ちで口ひとつ開こうとしないところに、先と同様の後ろめたさに申し分なく苛まれていることを感じさせた。
「聞いてるのかよ、炭治郎ぉ」
「ああ、聞いてる」
「ならいいけどさぁ」
善逸は口を尖らせて見せてから、大きく伸びをひとつして立ち上がる。言葉の通り全身には倦怠感が居座り続けているようで、屈伸をしたり伸びをまたしたり腰に手を当てるなど、準備動作に余念がない。
そんな姿を炭治郎は見上げる視線でまじまじとみつめる。その表情は幸せそうな笑みでありながら、眉を八の字に下げ、一筋縄では表現のつかないものだ。
「……お前、なんて音させてるんだよ」
突然経てくる善逸の声に、炭治郎が弾かれたように上を向くと明るい黄色の双眸が驚きに大きく見開かれていた。
「そんなに驚くような音なのか」
表情と相違ない匂いを感じつつ応える炭治郎もまた、善逸の様子に驚きを隠さない。
「まあな、炭治郎でもそんな落とさせることがあるんだなぁ……って思うような音だよ」
「具体的にはどんな音なんだ?」
「んん? さて、どんなだろうな!」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、茶化した言葉とともに座ったままの炭治郎へ手を差し出す。一瞬きょとんとした炭治郎だったが、すぐにいつものようなしっかり者の顔を見せつつ差し出された手を握って立ち上がった。
「よし、出発だ」
「ちょっと待てよ! 俺まだ着替えてもいねぇ!」
善逸は炭治郎の出立の声に苦情を述べ、他にも朝食を希望して睡眠の不足を改めて訴えたりなど小言をいくつも言いたい放題だ。
「すっかり目も覚めただろう? あと、朝が早いから朝食は後からだと言ったはずだな」
「目は覚めたよ! 覚めたけどもな! 屋敷では食べていかないって言ってたっけ!」
炭治郎の言葉に語気は荒いが概ね肯定し、それでもなお不服を示す善逸は口を尖らせる。
随分と明るくなってきた部屋の中で、慌ただしく身支度をはじめた善逸とその様子を見守る炭治郎との間には任務前の緊張感はあまりなく、なんとも柔らかな空気が漂っていた。
