開演三十分前。
いつかの一瞬が脳裏に蘇る。友で、好敵手でもあった〝彼〟と競い合い笑い合った瞬間が。
終わりは突然で、実感は未だにない。
──お前は本当に馬鹿だ。
ただ端的にそう思った。伊織は小さく表情歪める。
置き場のない感情を吐き出すようにした表情は、本番の前とは到底思えない。
そんな奇妙に繊細で、この上なく複雑で、なんとも形容しがたい想い。
欠けたもの、存在は決して小さなものではなかったと思い知る。
それでも、立ち止まりはしない。してやらない。
──お前が望んだんだ、今の僕を。
出番を告げる声がする。
光の当たる場所へ向かう伊織の──桃樂亭葈耳の顔には憂いも歪みもなにもない。自信に満ちた表情と動作で、己の経つべき場所へと向かう。
いつものように。
ぽっかり空いた穴はこうして見事塞がれた。
