巡る先でも君に

今日も身元を引き受けた寿々を送り出し、紗伊音は大きく息を吐いた。
あの日──教団と、そして和暁を失ったあの日──から随分と月日は過ぎて、寿々も大きくなり紗伊音もまた歳を重ねて、慌ただしく毎日を生きている。
最期に和暁が願った通り、紗伊音はこの世界で日々を生きて、この世界を見つめ続けていた。

『僕と、みんなの分も、色んなものを見てくれると嬉しい』

そんな和暁のささやかで、それでいて随分なわがままを叶え続けている。
紗伊音がふと見上げた空は鮮明に記憶に残るあの日と同じく快晴で、眩しいほどに鮮やかな青が彼女の目に飛び込んだ。
──あの日もこんな、青空だったっけ。
珍しく気持ちが感傷に浸る。
やりきれない気持ち、どうしようもない後悔、そして和暁の笑顔を浮かべようとしながらも少し苦しげな表情。
それらが蘇り、紗伊音の中で燻った。
浅く苦しさを感じながら息を吐き、視線を空から背ける。耐えられなかったのだ、この感傷に。
だがそんな紗伊音の耳に、足音がひとつ飛び込んだ。
誰だろうか。
寿々が帰ってくるにはあまりに早く、今朝の様子を思うに体調が悪そうではなかったのだが、もしかすると急に体調を崩したのでは。と不安が紗伊音の心に襲いかかった。
慌てて玄関まで向かうと、足音もまたピタリとやんだ。
ドアレンズから紗伊音が外の様子を窺えば、そこにはまだ小学生くらいだろう中性的な顔立ちの少年が一人、そこに立っていた。
紗伊音は息を呑む。
彼は──和暁にあまりにもそっくりだった。
困惑するばかりの紗伊音の耳に、少しの間を置いてから今度はドアホンの音が届く。
もちろんドアレンズ越しに見ている少年が、手を伸ばしてドアホンを押しているのだが、紗伊音はそれすらもただ呆然と眺めた。
少し間があって、もう一度ドアホンの音が鳴る。
どうしたらいいのか、どうするべきかを悩む紗伊音ではあったが、訪ねてきたからにはきっと何かしら用事があるのだ。和暁に似ていようが、別人なのだからそんなことドアの向こうにたっている少年には関係ない。
紗伊音は己にそう言い聞かせながら、鍵を開けてドアを開く。
そこには紗伊音の幼い頃の記憶にある和暁の姿と瓜二つの少年が立っていた。
「何の用?」
ぶっきらぼうに紗伊音が尋ねる。
「霜風、紗伊音さん?」
問いかける少年の声もまた、紗伊音の耳にはかつての和暁の声と同じもののように感じられ、無性に懐かしさと恋しさと申し訳なさが募る。
「そうだけど」
その感情を見せぬよう、悟らせぬよう、愛想も見せない紗伊音に対して、少年は穏やかに微笑んだ。
「紗伊音、会いに来たよ」
それはまさしく和暁の言葉で、声で、表情で。嘘だと、彼は死んだと、頭で考えても感覚や心が彼は和暁だと告げる。
紗伊音の表情は複雑そのもので、どう反応すべきか分からないままに呆然としていた。
「何を、言って……」
「そうだよね……だって、僕は」
少年がぽつりと言葉を落とす。
「確かに紗伊音の目の前で、死んだんだから」
少年の言葉に紗伊音の心臓が大きく跳ねた。
この少年は、そんなことは知らないはずだ。わざわざ家を訪れて、こんなことを話して、何になると言うのか。少年はただ、本当にただ、会いに来たとでも、言うのだろうか。
「信じてもらえなくても、紗伊音に会いたかったんだ……僕は」
少し寂しげに笑う少年の姿に、やはり和暁が重なる。
彼は、彼の言う通りに、和暁なのだと感覚と実感が繋がった。
紗伊音の目には涙が浮かび、必死に取り繕っていた表情が崩れる。そのまま少年のことを──和暁のことを抱きしめた。
「和暁……!」
和暁はただされるがままに抱きしめられながら、申し訳なさそうに苦笑する。
「ごめんね、けど会えて嬉しいよ」
「ううん、ごめんはあたしだ」
紗伊音は和暁のことを抱きしめたまま、ついに涙をこぼし始めた。そして再び口を開く。
「また会えて、嬉しい……」
消え入るようなその声は、しかし確かに和暁の耳に届いて、彼は紗伊音のことを抱き締め返しながら小さく笑った。