「……ごめんね? まひろ」
穏やかな口調、笑みを湛えた表情。
その全てが重なり合い、一般的には人畜無害な姿を構成するに至るはずのものが創史にもたらしているのは、不穏だった。
不気味や、もっと端的に恐怖と表現してもいい。
真宙の背筋に寒気が走る。
反射的に一歩後退しながら、それでも自身の立場とここへ来た『全てに決着をつける』という決意でのみ真宙はその場に立ち続けた。
確信がなかっただけで、想像は出来ていたではないか。
そんなふうに考えながらなんとなしに感じていた不安ときな臭さを思う。しかし真宙はどこかでは思っていた。
──まさか創史が自分と敵対するはずがない。
否、そう思いたかった。
大切だと思った、一緒にいたいと思った相手を、失いたくなかったのだ。とは言え、自身とて潔白というわけではない。
「ボクかて人のことは言えんけど……」
真宙は自嘲を浮かべて言葉を紡ぐ。
「まさか創史が、そっちの組の頭やとは思てなかったわ」
ただ真っ直ぐに真宙は創史を見つめた。視線の先の創史は相変わらず笑顔を崩さない。
「おれだって、まひろがうちと敵対してる中華マフィアを束ねてるなんて思わなかったよ」
穏やかに言葉を重ねる創史の声は、一般人が聞けば温厚に感じるものだろう。
だが、真宙にとってはそうではない。
凍りつくほどに冷たい何かを奥に隠した、そんな声だった。
「……そう思てるようには見えんけどな」
真宙の言葉に創史は「えぇ〜? そうかなぁ?」と首を傾げる。これまでと同じように。
普通とは言えない状況に普段と変わらぬように見えるその姿こそ、あまりに異様でそれでいて異質だ。
今、この瞬間が日常であるはずがない。
ここに居るのはそれぞれが裏社会で影響力を持つ組織の頭を張る人間、しかもそれらの組織は抗争状態にある。そんな危うさしかない瞬間なのだ。
世間一般の日常とは似ても似つかない。彼らにとってはある意味で日常ではあるが、仮初の姿でとはいえふたりがすごした平和な時間がこの場に非日常感をもたらす。
「もう少し穏便にいきたかったけど、ここまできたら仕方ないよね?」
「互いの望むもんを賭けて勝負ってことやろ?」
「そういうこと」
創史はゆるく弾むような口調で答えてから、それにはあまりにも似つかわしくない得物を胸元から取り出して構えると、躊躇いもなく地面を撃った。
「……ノータイムで撃つやつがあるか」
「おれは本気だってわかってもらおうと思って、ね?」
少しひきつった笑いを浮かべる真宙に対して、創史は相変わらずの笑みを浮かべている。ある意味ではそれが能面のようにすら思えて、真宙としてもどうしたものかと判断を遅らされてしまうのだ。
そこに間髪入れず威嚇射撃をしてくるのだから、あまりにも容赦がない。
──だが、それがどうした。
「……ほな、勝負や」
大きく深呼吸をひとつして、真宙は真剣な面持ちで構えを整える。
「武器はいらないの?」
「いらん。ボクの武器はボクだけや」
真宙の言葉に創史は何も返さず、静かに手に持ったままの拳銃を構え直した。
無言の間が、二人の間を支配する。
ピリと緊張を帯びた空気の中に立つ二人もまた、先よりも少なからず緊張を浮かべた。
文字通り雌雄を決する戦いは今ここに火蓋を切って落とされようとしている。
──三、二、一!
合図などどこにもなかった。
二人の鋭い視線が交錯した次の瞬間、創史は引き金を引き真宙はぐんと前に一歩を踏み出す。
創史の手によって撃ち出された弾丸は、前に踏み出した真宙のすぐそばを掠めて地面を抉った。角度から真宙の足を狙おうとしたのは明白で、狙われた本人としても感覚としてそれは把握出来る。
出来るからこそ疑問ではあったのだが、今はそのことを思案する余裕はない。
真宙は創史の脇に回り込むと、牽制を兼ねた拳をふるう。創史はそれを見事に躱し、当たり前のように真宙へ銃口を向けた。
最初は胸へ、そして銃口は不自然に足元へと向け直される。
ここだ。そう言わんばかりに真宙は思い切りよく体勢を低く落として、銃口の向く先へ自身の体を滑り込ませる。
「……っ!」
創史の口から焦りを含んだ息が漏れた。
「最初にボクの胸、撃ち抜いといたらよかったのにな!」
そんな声とともに真宙は下方から上方へ向け斜め上に重たい蹴りを繰り出す。踵が創史の手元に命中し、持っていた拳銃は衝撃によって弾き飛ばされた。
創史は驚きに一度目を見開いてから、再び表情に笑みを戻す。諦めと悟りを滲ませたその顔には、先程までの不気味さも冷たさもなくなっていた。
「……出来るわけ、ないよ」そう小さく呟いてから「おれの負け」と続けて降参の証に両手を軽く上げる。
ここに勝負は決した。あとは勝者が敗者に最後の沙汰を下すのみ。そのはずだった。
