彼の今の名前は九重瑚白といいます!
いろいろありますが、そもそもこうなった発端は『ムジ』と名乗った名前をもう他の人に呼ばせたくなかったというのがありました。
九重は完全数字の9を重ねて神に手を伸ばすの意。
瑚は楽器を表すところでまぁミナトっちを遠回しにさしていて。
白はムジの代用。
そんな名前になりました。
これつけた時はアポメカ行くかもわからなかったし、デ死片ロスという事実だけがそこにあったのでちょっと未練がましいくらいの名前の付け方をしていました。
二人で帰ってこれたので苗字はもらっちゃってもいいかしら〜なんて思ったりしたりしなかったり。相談しましょ、そうしましょ。
かの事件から一人、人間として抜け出したムジは病院にいた。
経緯なんて知らない、ただ目が覚めたらここにいたのだ。見ず知らずの人間は自分に声をかけてくる。
どうやら当たり前に神様によって固定されるはずだった彼の存在はどこか曖昧らしい。迎えた現実を良しと出来ず、強い拒絶とともにあの場を去ったからだろうか。
見ず知らずの人間はどうやら、どこかこ職員らしい。
おおよそ児童養護施設とやらの職員が関の山だろう。彼らは毎日やって来て、ムジに名前と親のこととこれまでのことを尋ねる。
ムジは口を開かない。
人間たちは困り果てていた。
ムジとて分かっている。彼らに罪はなく、そんな彼らを困らせる行動は筋違いであると。
けれど、彼の中で〝はじめての友達〟を失った衝撃はあまりにも大きく、直視するにはあまりにも残酷だった。
結果としてムジは里親に引き取られることになる。
病院の検査でも異常はなく、受け答えもはっきりとしていた。しかし名前だけを頑なに答えない。
そんな状態がただひたすらに続いていたのは、誰にとってもどうしようもないことでしかなかった。
名も知らない大人たちにとっても、名を口にしないムジにとっても。
しかしその行動を除けばムジは穏やかで、それでいてしっかりとした印象を抱かせるには十分だった。癇癪を起こすこともなければ、人の話を聞かないこともない。
この行動はおおよそ心の問題であろうと結論づけられ──実際にその通りだった──里親の元へと引き取られることになったという訳だった。
「なんて呼んだらいいかな?」
ムジの里親となる大人は問いかける。
「こはく」
「こはくくん?」
「うん。瑚白」
湊の戻されることになったあの何か、楽器のようなものを持った存在を思い出しながらムジは自分が与えた自身の名を口にする。彼の本来の存在に紐付くだろう楽器を表す瑚、自分が名乗った真っ新な無地のものと称するに値する白。
それら二つの漢字を掛け合わせた即席の名前だった。
──お願いだからもう、ボクをムジと呼ばないで。ミナトのことを、思い出してしまうんだ。
息が苦しくなる。こんなにも自分は弱く、小さな存在なのだと思い知った。
それでも、それでもなお思う。
夏井湊は、はじめての友達の存在だけは忘れたくないのだと。
あの時、あの瞬間は、短くとも幸せでとても楽しい時間だったから。
