それは尊き日常

窓から差し込む日差しに、目が眩む。
うっすらと開いた瞳には普段と変わらぬ自室と、共に暮らす親友であり相棒である嚆矢の姿があった。
ゆっくりと上半身を起こすと、大きく一つ伸びをする。
いつもと変わらない朝の訪れに吹雪は目を細めた。
こんな穏やかな毎日を過ごすようになろうとは夢にも思っていなかったが、あくびが出るほどに平和な毎日も悪くないものだ。
もちろん、緊張を強いられるような瞬間に身を置くこともある。日常と非日常を行き来するのは、吹雪の立場であるならばやむなしと言うものだ。
誰かの穏やかな日々を守るのも悪くはない。とは思うのだが、どうしても吹雪の脳裏には何をおいても大切に思っている緋奈乃の顔が思い浮かんでしまうのは、ご愛嬌なんて言葉では片づけきれない。必然の域に達するものだった。
どうしようもなくなってしまうほど大切で、たまらなく愛しいと感じる彼女のことを思うと、会いたくてたまらなくなる。
今日は平日で任務もなく、学校へ行けば当然のように緋奈乃とは顔を合わせるし連絡を取ることももちろんできるのだが、それはそれとして自然と顔を見たくて、声を聞きたくてたまらなくなってきてしまうのだから不思議な話だった。
「何、お前。緋奈乃が朝っぱらから恋しくなっちまったか?」
いつの間にか身体を起こしていた嚆矢が、にやりと笑って吹雪に問いかける。
「そうだな」
「相変わらずお熱いねぇ」
揶揄う声をものともせず吹雪は、ほんの少しだけ表情を柔らかなものに変えた。
すっかり馴染みのやりとりである。いつもと同じ朝、平和な一日の始まりの姿だ。
いつものように身支度や適当な食事をして、やはりいつものように二人で家を出る。最初の頃は嚆矢と二人で暮らすことにも、こんなにもなんでもない平和な時間を過ごすことにも感慨を覚えたものだが、これもまた慣れたものだ。
二人並んで目指す先が学校だというのも不思議だが、それがまたいいとすら思える。
関係も関わりも変貌したわけではない。環境が変わった、そして乗り越えたものが心の持ちようを変えた。その結果として、今現在の時間を獲得しているという訳だ。
当たり前のように、昼食のためのパンを気に入っている店で購入したり、なんでもない会話をしたり、普通の人間そのものと言える行動で学校へと向かっていく。
二人の出自を思えば、いま獲得しているものは本来は得難かったものだったかもしれない。その可能性が少なからずあったことは確かだ。
だが、そうはならなかった。
「二人とも、おはよう」
彼らの声をかけるのは緋奈乃だ。嚆矢と吹雪の現在を確定させた存在は緋奈乃に他ならない。
彼女自身は当然のことと思っている行動だが、この尽力はかなり大きいものだ。今この瞬間、この時間を得ることができているのは彼女のおかげなのだから。
「はよ」
「おはよう」
いつものように並んで歩き出す。やはりこれも慣れた光景だった。心なしかいつもより吹雪の様子が、嬉しそうに思えるくらいの差はあったが。それも吹雪との付き合いがそれなりにしっかりなければ気づきもしないだろうほどに、僅かなものだ。
そして当然、そんな変化を見逃すような二人ではない。
嚆矢は意味ありげな含み笑いを、緋奈乃は不思議そうに首を傾げる。
「吹雪、どうかした?」
問いかける言葉を口にしたのは緋奈乃の方だった。
「こいつ、目を覚ますなり緋奈乃のことを思い浮かべてたんだってよ」
答えたのは当の本人ではなく、含み笑いを見せたままの嚆矢だ。からかいとも取れる言葉だが、吹雪は慌てる様子などもなく黙っている、灰色の瞳は雄弁で、嚆矢の言葉をはっきりと肯定する真っ直ぐなものだった。
見つめ合い、その意図を察した緋奈乃が頬を赤く染めてはにかみながら微笑んだ。
付き合い始めてそれなりになる二人だが、こういう様子はいつだって初々しい。そのくせ、距離感は依然と変わらず視線を幾度も交わすのだから、入り込む好きなどありもしないのだ。
今日も今日とてそれは変わらない。
嚆矢は呆れと感慨を込めて、肩をすくめた。