変な夢を見た。何を言われたかすら覚えていないけれど、相手にとてつもない剣幕で言葉を向けられていたということだけは記憶に残っている。
なんだったんだろう、不思議な夢に疑問を持ちながら身体を起こすと、全身を違和感が駆け巡った。
感覚がいつもと違う。何がということではなく、全てに等しく違和感があった。バランスが違う、というのだろうか。漠然とした気持ちの悪さが暁彦のなかに渦巻いていた。
身体を横たえていたベッドの上で違和感に身じろいだあと、落ち着くことも出来ず上半身を起こす。すると違和感は増大し、無視することもいよいよ困難という状況と感覚にあっという間に支配された。おかしいのだ。
胸部が、重たい。暁彦は恐る恐る視線を違和感のある方へと落とし、驚愕した。
慎ましやかながら筋肉とは別の異質な盛り上がりが存在する。膨らみと称する方が適切なのかもしれない。
確認は必要だ。しかし、間違いなくそこには羞恥心が伴う。それでも意を決してほんの少し胸をつついてみると、知らない感触があった。
「……!」
これはやばい、これはおかしい。本能的に思う。何故かは知らないし、分からない。そしてどうして、という疑問もまた今は無意味だ。
純然たる事実としてここに在ることは、七星暁彦の身体は異性のそれへと変わり果てているということのみだった。
今日ほど両親との不和に感謝した日はない。彼らが自身への興味を失っていることが、こんなにも心強いと感じられる日がやってくるなど考えたこともなかった。
──まず、時臣に伝えよう。
そうすること以外思いつかない。一番身近で、こういう時に頼れる友へ連絡するべく暁彦は自分の端末を手に取った。
時臣の番号へと発信する。呼び出し音が鳴ったと思えば、少し気怠げな声が答えた。
「朝からごめん」
暁彦は自分の声がほんの少し高さを帯びていることに再びの衝撃を覚えたが、伝えれば尚のこと混乱するだろうとあえてそのことについては言葉を紡がない。
「ちょっとおかしなことが起こってて……」
状況だけを手短に伝えようと改めて暁彦は口を開いた。
「……本当に、なんだな……」
通話を終えた後、身を隠しながら暁彦は時臣の自宅を訪れていた。時臣の口からは実感がありありと込められている。
暁彦はいつもと同じ飾り気のない服を足元や袖口を折り込んで着ていた。そこまで体格的にがっしりとしたタイプではない暁彦だが、いつもの服がダボついて感じる程度には体格が変化していることが見るだけで伝わる。
「うん……僕も信じられないんだけど……」
肩から少しずり落ちた服をなおしながら、暁彦は時臣の言葉に応えた。
電話越しでは実感しにくかった声の変化も実際に聞くと鮮明なもので、それもまた暁彦の変貌の実感を確かなものにさせる。
控えめかつスリムな女性という様相に変貌している暁彦だが、本人としてその感覚すらも気持ちの悪いものだ。その違和感に何度も暁彦は落ち着きなく動いていて、ソワソワとしている様子は見るからに困惑している様を感じさせた。
「どうしたらいいか分からなくて……最初に思い浮かんだのが時臣だったから……」
心細そうな様子の暁彦に対して、時臣は肩をポンと一つ叩いた。
「どうしてそうなったのかは知らねぇけど、ひとまずここにいたらいいんじゃねぇの」
その言葉は暁彦に安堵とほんの少しの落ち着きを与える。朝から訳の分からない出来事しか起こっていない身の上になってしまい、その中にあっても変わらない親友の存在はあまりにも心強くそして貴重なものだった。
「……ありがとう、時臣」
そんなやりとりをしてからしばらく。暁彦はぼんやりと時臣の部屋の中で過ごしている。と言っても頭の方は回転していて、前日の自分の行動や何かおかしなことはなかったかどうか、ほんの少しでも違和感がなかったかどうかをただひたすらに振り返り続けていた。
「暁彦、そっちは……!」
ほんの少し焦る時臣の制止の声も虚しく、暁彦の目の前には弓花の姿がある。絵に描いたような鉢合わせの瞬間だった。
「そっちには七海サンがいるって、言いたかったんだけどなぁ……」
大きなため息を吐き出す時臣と、対面したまま固まってしまっている弓花と暁彦の姿は、側から見ていても良い状況ではないだろうことだけは確かだ。
「暁彦くん……?」
弓花から溢れるのは疑問の色を帯びた呼び声。
暁彦のことをよく知っている人間から見るとそれもそのはずで、彼女の前にいるのは彼で在ることが明白なほど普段通りの服装で七星暁彦を連想するには充分だが、肝心のいつもの服はだぶついていて見るからに胸元には筋肉ではない膨らみが視認できるからだ。それだけでも疑問の声の一つもあげたくなるというものだった。
「ハイ……」
いつもよりか細く、不安の色を帯びた声は恐怖、畏怖、そういった類の気持ちを如実に伝える。
嘘だ、と叫び出したくなるような状況にすっかり固まったままの暁彦は、ただ一言応えるだけでやっとだ。
その暁彦に対する弓花も驚きや混乱から名前を呼びかけるだけで精一杯といった様子だった。
