どうしようもなく焦りがつのった。理由は知らない、わからない。知りたくない。だが、そこには確かに焦りがあってそれに対しての心配や不安が付き纏い、更なる焦慮となって吹雪自身に襲いかかった。
スリーピング・ビューティー、彼女の口にした問いは悪意もなければ悪戯に何かを暴こうという様子もないものだ。だからこそ彼女の紡ぎ出す理路整然とそれでいて知識欲を満たそうとする興味に満ちた言葉たちは、容赦なく吹雪の彼自身も認識していなかった得体の知れない何かを引き出そうとしているようですらあった。
それは違和感ばかりを伴ってずるずると這い出してくる。しまっていなければならない、少なくとも吹雪はそう感じている感情がそこにはあった。
見てはいけない、知ってはいけない、触れてはいけない。これは、自分の日常を平和を壊すものに違いないと。
漠然としていて、しかしはっきりとした脅威を感じた。反射的な拒絶と言ってもいい。
だからこそ緋奈乃との距離感を改めようとつとめるに至ったわけなのだが、当の本人に普段を肯定されてしまった。それどころか、強く望まれている。
彼女の気持ちは吹雪にとって想定できなかったものだ。自身が迷惑をかけていることは多くある、今回もそのうちの一つだと考えていた。自分の出自とそれまでの生活による平和な生活とのずれ、その弊害だとばかり思っていたのだ。
否、思いたかったと言う方が正しいかもしれない。今の吹雪はその認識が正しいものとは言えないと知っている。
その事実はただ、吹雪に漠然とした焦りを抱かせ、落ち着かない気持ちを与えた。だが、それでも、このことばかりに注力するわけには行かない。
ここは支部で、自分は一人でいる訳ではないのだから。
無意識だが、吹雪の口からは重たい息が吐き出される。慣れた場所のはずなのにどうにも落ち着かなかった。
ソファに腰を下ろした吹雪の隣に、緋奈乃がそっと腰を下ろす。彼女からも少なからず緊張が見て取れた。普段であれば、吹雪に対して声のひとつでもかけそうな所だが言葉はない。
二人の間に、今までにない落ち着きのない間が訪れていた。
「……吹雪くん」
意を決した様子で緋奈乃が吹雪の名を呼ぶ。隣の彼女にいつも通りであれと意識した――意識している時点で違和感を産むことまでは考えが及んでいないところは、あまりにも皮肉な――視線を寄越した。
ばちん、と違和感が走るようなそんな感覚。いつもとは異なる互いの態度がぶつかり合うのだ、違和感のひとつも走るというものだった。
「えっと……」
「悪いな」
口ごもってしまう緋奈乃に対してはっきりと言葉を紡ぎ出したのは吹雪の方だ。今し方も自身が迷惑をかけてしまったのだろうと考えているだけのことはあり、すらりと謝罪の言葉が口をついて出てくる。
「え?」
「……いや、困らせていると思って……」
「大丈夫……大丈夫だよ!」
吹雪のどこか落ち着かない様子に、緋奈乃もまた普段とは違う勢いを持って否定の言葉を口にする。そんなことを言わせたいわけではないと、はっきりと言葉で示した。
いつもとは違う様子で言葉を交わす二人に声をかける者は誰もいない。あえて避けられているという様子だったが、それに気づける二人ではなかった。
これから報告が待っている。吹雪も緋奈乃も二人が見て聞いてきたものを冷静に伝えることができるかどうかは甚だ疑問ではあったが。
